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「地味につらいぞ。不特定多数の男子学生を敵に回すのは」
こちらも溜息つきながら言うと
「分からないな」
知己が疑問を口にした。
「何が?」
「御前崎美羽の好きな門脇が仮にもお前とくっついたら、御前崎フリーで、男子にチャンス回ってくるじゃねーか」
そこで家永が
「あいつ、『御前崎』っていうのか?」
知己の元・教え子だと結びついたようだった。
「あ」
知己が(しまった。バレた)という顔になったが、家永に嘘はつきたくない。
これは、ごまかしきれないと観念して
「多分。文学部に行ったのは御前崎だから」
と認めた。
「よくは分からんが、その御前崎が門脇君を好きっていうのは知られてないんじゃないか? だから、ただ御前崎が嫌いな『男』として俺は認識され、御前崎に好意を寄せる男子から疎まれる存在になっているという……」
「悲惨ダナ」
「平野、心籠ってねーぞ」
「ソンナ事ナイ」
本日のおすすめブレンドコーヒーをすすりながら、知己は答えた。
「お前の教え子たち……、一体どうなっている?」
「俺はそんな子に育てた覚えはない。きっと、人違いだ」
言いつつ、
(絶対に、あいつらだな)
と確信はしていた。
御前崎美羽。門脇に一途に恋する美少女。可愛く積極的で人当たりもよい。だのに、門脇のことが絡むと暴走しがちである。
「とにかく、あのシラーっとした雰囲気の中で講義は、やりにくいのなんのって。まだ、ない知識をフル稼働させて答えてくれるお前の状況の方がいい」
(そうか。あれ、いい方なのか)
半ば大喜利の司会でもやってるような気持ちになっていたが。
八旗高校生徒達の「単位の為に仕方ないから授業受けてます」的態度の中には、実はなんとかしようとしている姿勢も潜んでいたのかな……と良いように知己は受け取った。
すると、家永ほどの四面楚歌ではないものの明らかに漂うしらけた雰囲気とこれまでの噂に騙されて、本当は頑張っている生徒ももしかしたら少しはいるんじゃないかと思えてきた。
(いかんな。俺の偏見だったか。そうやって頑張っている生徒がいるのに、俺は……)
東陽高校の生徒達と比べてばかりいるのに、気づいた。
なんとかしなくっちゃ……の思いに駆られる。
「あ、教え子つながりで思い出した。門脇君が『そろそろ先生、寂しがっている頃かな?』とか言ってたから、『全然寂しがってないぞ』と伝えておいた」
「ありがとう」
知己はコーヒーカップを置いて、家永の目を見て礼を言った。
「俺……、今、めちゃめちゃ心の籠った『ありがとう』を聞いた」
そんな4月の終わりだった。
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