夏休みが来た 3

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「礼ちゃん?」  将之が訝しげに言うよりも早く礼は 「礼の為に、お時間作ってくださる?」  顔の前で指を組み、上目遣いに知己を見つめた。 「……(何、これ)」  知己の胸が高鳴る。 「ちょ、待っ!」  将之が叫んだ。 「礼ちゃん、それ、ダメ!」 「あ、うん。明日なら特に会議も作業も入ってなかったと思うし……休み取れると思う」  ほわほわとした気持ちのままに知己は承諾してしまった。 「ああー! ダメだって言ってるのに……」  将之は一人で騒いで、一人で頭を抱え込んだ。 「……必殺・妹スキルです」 「は?」  将之の意味不明な言葉に、知己は首を傾げた。 「礼ちゃん、末っ子の妹なのでよくこの甘えんぼのポーズでおねだりするんです」 「はあ」 「大体の大人が、これで言う事を聞いちゃうんです」 「ふうん」  今ので中位家の家族事情は大体分かった。  末っ子の妹の中位礼は、この甘えんぼポーズのおねだりで願い事を山ほどかなえてきたようだ。そして「引っ越さずに留まりたい」という願い事が叶わぬと分かるとさっさと見限り、実力行使でアメリカに行った。 「これ(甘えんぼのポーズ)、日本人にしか通じないかと思ってたんだけど、アメリカでも通じたのよね」  と悪びれずに礼が言う。 (自覚ありかよ) 「小悪魔かよ」  思わず知己が呟けば 「だから天使ですってば」  将之がすかさず訂正した。 (この男……)  ダメだと分かっている割には全然礼に抵抗できない。激アマだ。 「礼ちゃんと先輩が一緒にお出かけ……こんな美味しいシチュはないな! やっぱり僕も行く!」 「あら。お兄さんは忙しいんでしょ? 無理しないで」  礼は物わかり良さげに言うが、意地悪さを醸し出している。 (さすが。将之の妹……) 「礼ちゃん! お兄ちゃんも連れてって!」  もはや立場は逆転。 「やだ。平野さんと行くもん。お兄さん、私と平野さんのデート、邪魔しないで」 「デートぉ!?」  将之の声が裏返った。 「うぅぅっ! まさかの昨日と同じ事態になるなんて」 「何が?」  知己が訊くと 「どっちに妬いたらいいんだろう、僕」  世界で一番どうでもいい悩みだった。 「じゃあ、明日休み取ってくる」  と、知己はエッグベネディクトの最後の一口を放り込んだ。
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