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「礼ちゃん?」
将之が訝しげに言うよりも早く礼は
「礼の為に、お時間作ってくださる?」
顔の前で指を組み、上目遣いに知己を見つめた。
「……(何、これ)」
知己の胸が高鳴る。
「ちょ、待っ!」
将之が叫んだ。
「礼ちゃん、それ、ダメ!」
「あ、うん。明日なら特に会議も作業も入ってなかったと思うし……休み取れると思う」
ほわほわとした気持ちのままに知己は承諾してしまった。
「ああー! ダメだって言ってるのに……」
将之は一人で騒いで、一人で頭を抱え込んだ。
「……必殺・妹スキルです」
「は?」
将之の意味不明な言葉に、知己は首を傾げた。
「礼ちゃん、末っ子の妹なのでよくこの甘えんぼのポーズでおねだりするんです」
「はあ」
「大体の大人が、これで言う事を聞いちゃうんです」
「ふうん」
今ので中位家の家族事情は大体分かった。
末っ子の妹の中位礼は、この甘えんぼポーズのおねだりで願い事を山ほどかなえてきたようだ。そして「引っ越さずに留まりたい」という願い事が叶わぬと分かるとさっさと見限り、実力行使でアメリカに行った。
「これ、日本人にしか通じないかと思ってたんだけど、アメリカでも通じたのよね」
と悪びれずに礼が言う。
(自覚ありかよ)
「小悪魔かよ」
思わず知己が呟けば
「だから天使ですってば」
将之がすかさず訂正した。
(この男……)
ダメだと分かっている割には全然礼に抵抗できない。激アマだ。
「礼ちゃんと先輩が一緒にお出かけ……こんな美味しいシチュはないな! やっぱり僕も行く!」
「あら。お兄さんは忙しいんでしょ? 無理しないで」
礼は物わかり良さげに言うが、意地悪さを醸し出している。
(さすが。将之の妹……)
「礼ちゃん! お兄ちゃんも連れてって!」
もはや立場は逆転。
「やだ。平野さんと行くもん。お兄さん、私と平野さんのデート、邪魔しないで」
「デートぉ!?」
将之の声が裏返った。
「うぅぅっ! まさかの昨日と同じ事態になるなんて」
「何が?」
知己が訊くと
「どっちに妬いたらいいんだろう、僕」
世界で一番どうでもいい悩みだった。
「じゃあ、明日休み取ってくる」
と、知己はエッグベネディクトの最後の一口を放り込んだ。
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