242人が本棚に入れています
本棚に追加
/778ページ
その人物は、本物の須々木俊也だった。
(嘘だろ?)
悪夢でも見ているかのような気分だ。卿子に引き続き、まさか俊也にまで会おうとは。
(あいつ……!)
一体どんな手段で俊也までここに送り込んだのか。
展示物ばかりに気を取られていた俊也も、近くで仲良く化石触っているカップルの片方が知己だと気付いたのだ。
「あれ? 先生? やー、久しぶりだな。こんなところで会えて、嬉しいぜ!」
にこやかに手を振りながら近付いてきた。
「博物館だぞ。大声出すな」
館内が薄暗くて良かった。諫める知己の顔は、きっと引きつっていたに違いない。
「なんで、お前がここに?」
声を潜めて俊也に訊くと
「社会の課題。『夏休み期間中に博物館に行って、そこに展示してある何かについてレポート1枚書いて提出』ってヤツをしに来た」
(そんな課題、出ていたのか?!)
新任校なので、社会科の教師の顔は覚えたが名はまだ覚えていない。ついでに他教科故に、出されていた課題も把握していない。知っていたら、当然、礼の博物館行きに付き合っていなかった。
(仕組んだのは、将之じゃなかったのか)
だけど、将之同様に社会科教師を憎む気持ちが心の奥底で芽生えていた。
「先生こそ、どうしてここに? おやおやぁ? また別の美人さん連れて……ひゃー、お熱いなー! デートっすかぁ?!」
「騒ぐなってば」
大げさにはしゃぐ俊也を諫める知己の横で
「別の……美人……?」
礼が怪訝な顔で呟き、おもむろに知己を見上げた。
「な……、何?」
「それはさっき会った美人の同僚さんのことかしら? それとも別の誰か?」
「俺は知らないよ」
慌てた知己の言葉は浮気男の常套句だ。
そもそも、卿子にしろ美羽にしろ美人の知り合いは多いが、連れて歩いたことなどない。
礼の様子に、にやりと笑う俊也。
明らかに失言を装い、故意に言ったようだ。
(よし! しゅーらーば! しゅーらーば! たーのしーしゅーらば!)
楽しく心の中でエールを送っていたが、礼は
「……兄が、いつもお世話になってます」
と慎ましく頭を下げた。
その瞬間、俊也が
(ちぇ。なーんだ、つまんね!)
一変し、無の表情になった。
最初のコメントを投稿しよう!