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悪名高き八旗高校 3
「あいつ、なんて言ったっけ?」
「あいつ? 俊ちゃんの言うあいつって、どいつ?」
「あの一番美人だったヤツ」
「平野だろ? ってか、あいつ、3組の担任じゃ……」
「新しいクラスになったし、覚えることいっぱいで、あいつの名前まで覚えられねーよ」
特別教室棟の2階奥の非常階段踊り場。
「でさ、あいつ、面倒なんだけど」
「あー、確かに」
うららかな春の夕方の風が心地よい。一人は階段を椅子代わりにして座り、缶コーヒーを飲んでいた。もう一人はミルク分多めのカフェオレのペットボトル片手に、階段の柵にもたれかけていた。
「あいつ、いっつも特別教室棟にいりびたってやがるからな」
座っている方は明るめの茶色い髪、やや細い目の少年だった。
「授業も理科室でしたがるし、本当、面倒だよな」
柵に体重を預けている方は、くりくりとした大きな目の少年で、どちらかと言えば顔に幼さが残る愛らしい印象を受けた。
その二人の生徒が、知己のことを噂していた。
特別教室棟は、職員室や事務室のある管理棟から一番離れた所にある。どこも高校は似たり寄ったりな造りで、理科室や音楽室など特別教室がある棟は、やや本棟から離れた位置にあった。
元々人付き合いが苦手な平野知己は、新しい職員室に長くいることはない。今日も特別教室棟1階の理科室に赴き、せっせと明日の授業の準備をしていた。
困ったのは、そこの元からの住人(?)だった。
管理棟から遠い特別教室棟には、用がない限りは人が来ない。そして、必ず建物についている非常階段や屋上には適度な広さがあり、あまり教師と顔をつき合わせたくない者にとっては、教室よりも居心地がいい場所だった。
これまでの理科担当教師は、教室での授業が多かった。よほどの実験がない限り、この特別教室棟を使わなかった。だが、平野知己はそこで授業をする。すると絶えず人の出入りが生まれる。
これは、ここ特別教室棟に入りびたるものにとって由々しき事態だった。
「あいつが特別教室棟を使うってのも面倒だけど、俊ちゃん、あいつのこと、嫌いみたいだよね?」
「章、分かるか?」
「なんとなく。この間の授業で、そうかな? と思った」
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