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夏休みが来た 6
知己は、最奥の剥製エリア手前で止まり、そっと中を伺った。
俊也の話通りだ。
「ダメだ。あいつら、まだリュウグウノツカイに居る」
2年前、海岸に打ち上げられたとニュースになったリュウグウノツカイが、博物館に寄贈され剥製エリアに展示されている。
リュウグウノツカイをレポートに書くべく、章と敦は謎のキラキラした目であーだこーだ言いながら、夢中になってメモを取っていた。
「あら。可愛い」
半目の眉毛はちょっとだけ。いかつい男子をイメージしていた礼は、知己の視線の先を追って、驚いた。
「見た目は、な」
「私、リュウグウノツカイをもっと近くで見たいんですけど」
「今はダメ」
多くを語らない知己に、礼はため息をついた。
「……あんな可愛い生徒さんに絡まれるって、平野さん、よっぽど慕われているのね」
果たしてこれを慕われているというのだろうか。
甚だ疑問ではある。
多分、礼も半分は、目の前のリュウグウノツカイを見せてもらえないための皮肉だ。
「もう、変に勘繰られるのも面倒だから、私のことはずっと『妹』で通しちゃいましょ」
え?
「平野さんのことは常時『お兄さん』って呼ぶわ」
お兄さん?
「だったらいいでしょ?」
やばい。
なんだこの気持ち。
上目遣いにおねだりをするのは昨日見た「必殺・妹スキル」。
将之に似た大きな瞳。縁どる長いまつ毛を数度振るわせてパチパチと瞬き交じりにお願いされて、断れるツワモノはそう居ないだろう。
(なんだよ。将之、いいな。こんな可愛い妹が居て)
これは、庇護欲なのだろうか。
父性だろうか。
知己の胸の奥底から次々と温かな感情が湧き上がってくる。
「ね、知己お兄さん」
とどめの一発が入った。
知己は思わず、無言でブンブンと頷いていた。
「あ、ねえ。こっち」
礼が知己の腕に手をかけ、階段上がった先の別エリアを指さした。
「?」
歴史の展示物コーナーである。
「せっかくだから、こっちを先に見て行きましょ。知己お兄さんが絡まれるというその子達も、そのうちレポート書く材料が集まったら剥製エリアから居なくなるでしょうから」
(なるほど)
合理的な時間の使い方だな……と感心し、知己は歴史の展示物エリアを先に回ることにした。
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