夏休みが来た 6

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「後の二人は?」 「将之お兄さん」 (あいつは礼ちゃんの言う事なら、何でもいいんだろうな) 「……と」  そこで礼が頬を染め、俯いた。  俯いた先には古鏡があったが、それを見ているわけではないようだ。 「と、もう一人は……知己お兄さんだから、言っちゃおうかな」  ますます赤くなる。 「どうしよかな? や、やめよかな? ううん、言っちゃおうかな」  ガラスケースに古式ゆかしく「の」の字を書き始めた。 (これは……)  さすがの知己だって分かる。  やがて決心したのか、 「将之お兄さんには絶対に内緒よ」  礼は念を押した。 「うん、分かった」  礼らしくない、急に歯切れの悪い言い方。  これは御前崎美羽の時にも見た。 「あのね、二人目は……好きだった人」 (やっぱり)  まぎれもなく恋する乙女の姿だった。 (好きな人に応援されて嬉しかっただろうな)  いや、礼の夢を「いい夢」と言ってくれた人だから、礼は好きになったのかもしれない。  仮だが「お兄さん」と慕ってくれる礼の恋を知己は微笑ましく思い、応援したくなった。  ところが、急に礼の方は、やや諦めに似た暗い表情をした。  そこで、知己は初めて (んん? 好き人……、過去形?)  今更、気付くのだった。 「20歳の時なの。同じ大学の人で気が合って、よく博物館めぐりを一緒にしてくれた人だったの。とても楽しくて、彼もそう思ってくれてたの。それで私、勘違いしちゃったのよね。こんなに博物館めぐりを一緒にしてくれるのだから、彼もきっと私のことが好きなんだろうって」  ケースの「の」の字は、いまだ大量生産されている。 「でも、違ったの。好きなのは私と一緒の博物館めぐり。私のことは嫌いじゃないけど、友達なんだって」  しかも高速で。 「彼、女性は愛せないって言ったの」  ぴたり。  礼の「の」の字・大量高速生産が止まった。 (ん? んんんんんん? この流れは……?) 「彼、……ゲイだったの」
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