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「私に父なんて居ないわ」
礼はきっぱりと言い切った。
「え?」
どういう意味かと、敦が珍しく戸惑う。
(ああ、父親も礼ちゃんの地雷だったよな……)
知己は、目を伏せた。
「ちょっと……。礼ちゃんは、父とケンカしててだな……」
知己の説明も半ばに
「あんな身勝手な奴、父でもなんでもない!」
礼は泣きだしそうなくらい取り乱していた。
「礼ちゃん。もう、いいから。落ち着いて」
知己は慌てて礼の肩を抱いた。
「えー……と、……?」
突然の礼の取り乱しように、場が凍り付く。
一人を除いて。
「何?! 妹さん、お父さんとケンカしてるの?!」
何故か、章がガッツリ食いついた。
「章は、なんであんなに嬉しそうなんだ?」
知己が怪訝な顔で尋ねると
「先生、生徒調査書読んでないのー?」
敦の冷めた声。
「章んち、お父さん居ないんだ。いわゆる母子家庭」
俊也が教えてくれた。
「は? 元政治家のコメンテーターって……?」
章にマスコミの話だの大人の事情など、適当に余計な入れ知恵しているのは誰だ。
「お母さんの『吹山マヤ』さんだろ。女性躍進の第一人者じゃない。政治家として派閥がどうのとか悩むよりも言論の自由を武器に語った方が世論は動くとコメンテーターに転身した。だけど、家でも外でもあまりにも辛口なので、お父さんも付き合いきれないと前触れもなく突然の別居。その後で、離婚届が送り付けられたって話……」
「はあ」
幼馴染というのもあるだろう。知り過ぎるほどの他人の家庭事情を赤裸々に語る敦に、知己が呆然としている。すると、俊也が
「先生、勉強しなよ。女性誌でもネットでも取り上げられているのに……」
と付け加えた。
「ぐっ」
普段俊也に言いまくっていることを言われて、知己は言葉に詰まった。
「だから、章もお父さんのこと嫌いなんだって」
章が嬉しそうに礼に話しかけているのを、どこか遠い目で見つめる敦が語る。それに
「ふうん。章、お母さんのことが大好きなんだな」
と知己が頷くと
「なんで、そうなる?」
敦が苛立たし気に知己を睨んだ。
「え? 話の流れ的にそうじゃないのか?」
母と一方的に別れた父を嫌っているというのと違うのか。
「違う。少なくとも大好きじゃないとは思うけど。マヤさんのことは、口うるさくて、人の批判ばかりしている面倒くさい母だと言ってたから。
だけど父親は、そんな母の所に章を置き去りにして、自分だけ逃げ出した卑怯者だから大嫌いなんだよ」
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