夏休みが来た 8

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(まったく分かっていなかった……)  知己は目を伏せたが、そこに落ち込んでいる暇はなかった。  将之がパスポートだのなんだの、冗談ではなく本気で出かける準備を始めたからだ。  慌てて 「明日はお前が礼ちゃんに付き合う日だろ? そのために今日は、明日の分まで仕事済ませてきたんだろ? いいのか? お前がアメリカ行くんなら、明日も俺がお前の代わりに礼ちゃんと出かけるぞ」  と引き止めた。 「……それはダメです」  ぴたりと将之の動きが止まった。 「それでしたら……」  一瞬の間を置き、将之は暗黒微笑をたたえて言った。 「だったら、代行を頼みます。ふふ、あちらはお金さえ払えば何でもしてくれますからね」  何の代行だ。 「だから、それ、やめろって」  もはや将之が何をたくらんでいるか、明白だ。 「礼ちゃんはそいつと会って良かったって思っているんだ。好きになるって気持ちが分かったからって。  そいつをどうこうしてみろ? 礼ちゃんは悲しむし、お前がヤらせたとなったら、お前のこと大嫌いになるぞ」 「それは困る」 「だったら、やめとけ。俺だって、お前にそんなことさせたくないし」 「ん? 一瞬、なんか嬉しくなるようなことを言いました?」 「……気のせいだ」  赤くなっている所を見ると、気のせいではなさそうだ。 「先輩……」  将之がそっと手を握る。 「残り4日。禁欲生活続行だ。これはさっき最重要課題に昇格したと言ったろ?」  ぎゅっと手を握り返しつつ、知己は俯き加減に将之から視線を外した。  気持ちは、同じだ。  自分だって、将之に触れたい。触れられたい。 「礼ちゃん、今、お風呂ですよ」  目を背けていても、気配で将之の顔が傍に近付いているのが分かる。  ほんの少し、顔を上げたらキスできる位置だ。 「分かってる……」
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