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「……寝室に行きませんか?」
耳元で囁くように言われたが、将之の言葉は逆効果だった。
知己に置かれている状況を思い出させるのには、十分だった。
「だから、猶更、いつ、あがってくるか分かんないだろ?」
自分にも言い聞かせるようにして、知己は将之の手をほどいた。
さっきまで将之の手から伝わっていたぬくもりが自然と遠ざかり、それと同時に胸の奥がきゅうっと締め付けられるように痛む。
礼が何時あがってくるか分からない……と言ったわりには、さっきまで握られていた手をさするように俯く知己に、
「防音、完璧なのにな……」
「……!」
将之は髪にキスをした。
「お前……」
「だって、顔、上げてくれないし」
前髪、額に唇を落とす。
「これで我慢するしかないでしょ?」
キスを落とすたびに赤くなっていく。
「……キスすると決心が揺らぐから、だ!」
既に知己は羞恥と多分、言う事聞かない将之に対する怒りもあって、真っ赤に染まっている。
「はい、はい」
適当な返事をしつつ、将之が次に知己の瞼にキスを落とした。
いつまでも離れようとせずに、しかも将之のいたずらなキスはどんどん唇に迫ってくる。
明らかに将之は楽しんでいた。
「おい、本当にいい加減にヤメ……!」
ふざけた将之の顔を掴んで引き離そうとしたときに、突然、礼が風呂場から顔を出し
「次の人、どうぞー!」
と声をかけた。
「あ」
三人が同時に凍り付いた。
「今、髪にキスして……?」
礼が真っ青になって、震える指でリビングにいる将之と知己を指さす。
「……ご」
いち早くフリーズから戻ってきた知己が、声を絞り出した。決して礼の方を見ずに。
「誤魔化せ、将之」
礼に聞こえぬよう小声で、だが鋭く将之に指示を出す。
「え? あ、急には思いつかない……」
将之も小声で応戦するものの、珍しくテンパっている。この男も、背後に立つ礼の方を見れないでいるのがその証拠だ。
「え? なんで? どうして? 将之お兄さんが知己お兄さんに?」
二人以上に、礼はパニクっていた。
「い、いや。いや、いや。何、それ……」
悲嘆にくれた礼の声が震えている。
それもそうだろう。
兄と慕う将之と知己のキスシーンを見たのだから。
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