夏休みが来た 8

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「……寝室に行きませんか?」  耳元で囁くように言われたが、将之の言葉は逆効果だった。  知己に置かれている状況を思い出させるのには、十分だった。 「だから、猶更、いつ、あがってくるか分かんないだろ?」  自分にも言い聞かせるようにして、知己は将之の手をほどいた。  さっきまで将之の手から伝わっていたぬくもりが自然と遠ざかり、それと同時に胸の奥がきゅうっと締め付けられるように痛む。  礼が何時あがってくるか分からない……と言ったわりには、さっきまで握られていた手をさするように俯く知己に、 「防音、完璧なのにな……」 「……!」  将之は髪にキスをした。 「お前……」 「だって、顔、上げてくれないし」  前髪、額に唇を落とす。 「これで我慢するしかないでしょ?」  キスを落とすたびに赤くなっていく。 「……キスすると決心が揺らぐから、だ!」  既に知己は羞恥と多分、言う事聞かない将之に対する怒りもあって、真っ赤に染まっている。 「はい、はい」  適当な返事をしつつ、将之が次に知己の瞼にキスを落とした。  いつまでも離れようとせずに、しかも将之のいたずらなキスはどんどん唇に迫ってくる。  明らかに将之は楽しんでいた。 「おい、本当にいい加減にヤメ……!」  ふざけた将之の顔を掴んで引き離そうとしたときに、突然、礼が風呂場から顔を出し 「次の人、どうぞー!」  と声をかけた。 「あ」  三人が同時に凍り付いた。 「今、髪にキスして……?」  礼が真っ青になって、震える指でリビングにいる将之と知己を指さす。 「……ご」  いち早くフリーズから戻ってきた知己が、声を絞り出した。決して礼の方を見ずに。 「誤魔化せ、将之」  礼に聞こえぬよう小声で、だが鋭く将之に指示を出す。 「え? あ、急には思いつかない……」  将之も小声で応戦するものの、珍しくテンパっている。この男も、背後に立つ礼の方を見れないでいるのがその証拠だ。 「え? なんで? どうして? 将之お兄さんが知己お兄さんに?」  二人以上に、礼はパニクっていた。 「い、いや。いや、いや。何、それ……」  悲嘆にくれた礼の声が震えている。  それもそうだろう。  兄と慕う将之と知己のキスシーンを見たのだから。
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