夏休みが来た 8

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 今日一日で礼とすっかり親しくなり、まるで本当の兄妹のように信頼関係を築けたと思った。それが今、ガラガラと音を立てて崩れていく。 (ああ、これからは……)  妹のように愛おしく可愛い存在の礼に、蛇蝎のごとく嫌われるのか。  頼みの綱の将之も、相手が礼なだけにいつもの調子が出ないようで、何の言葉も発せずにただダラダラと嫌な汗をかいている。  真っ黒い絶望が押し寄せ、知己を包んだ。  知己が (もう、無理!)  と、きゅっと目をつぶった時だった。 「か……、加齢臭!」  将之が叫んだ。 「は?」  礼と知己が二人して、将之を見つめた。 「先輩がもうじき30歳になるから、加齢臭が気になるって言うんで、確かめてたんだ」 (……はあ?!)  知己の頭の中に丸い輪がくるくると回り、将之の言った意味を理解するまでに20秒ほどかかった。 (酷っ! こいつ! よりにもよって、なんてこと言い出すんだ!?)  やっと理解した後に、知己は目を剥いた。 「はあ」  礼もやや気の抜けた返事。意味が伝わるのに、知己と同様、時間がかかったようだ。  将之本人だけは、すごくいい感じに誤魔化せたと、礼に背を向け知己に「話を合わせて!」とばかりにウィンクを送っている。その「いい仕事した」感満載の笑顔を、うっかり張り倒してしまいたくなる衝動を知己は抑えに抑えた。 (うあああああ! トンデモナイ奴に、誤魔化せって言ってしまったぁ!)  絶対に自分より立ち回りうまいだろうと思って将之に振ったのに、この仕打ち。 (明日から『知己お兄さん』じゃなく『知己おじさん』と呼ばれる!)  いや、聡い礼のことだ。  きっと呼びはしない。  呼びはしないが、礼の心の中で知己は「おじさん」認定されただろう。  さっきとは違う意味で、やはり知己は絶望に囚われ真っ暗な気持ちになっていた。
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