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今日一日で礼とすっかり親しくなり、まるで本当の兄妹のように信頼関係を築けたと思った。それが今、ガラガラと音を立てて崩れていく。
(ああ、これからは……)
妹のように愛おしく可愛い存在の礼に、蛇蝎のごとく嫌われるのか。
頼みの綱の将之も、相手が礼なだけにいつもの調子が出ないようで、何の言葉も発せずにただダラダラと嫌な汗をかいている。
真っ黒い絶望が押し寄せ、知己を包んだ。
知己が
(もう、無理!)
と、きゅっと目をつぶった時だった。
「か……、加齢臭!」
将之が叫んだ。
「は?」
礼と知己が二人して、将之を見つめた。
「先輩がもうじき30歳になるから、加齢臭が気になるって言うんで、確かめてたんだ」
(……はあ?!)
知己の頭の中に丸い輪がくるくると回り、将之の言った意味を理解するまでに20秒ほどかかった。
(酷っ! こいつ! よりにもよって、なんてこと言い出すんだ!?)
やっと理解した後に、知己は目を剥いた。
「はあ」
礼もやや気の抜けた返事。意味が伝わるのに、知己と同様、時間がかかったようだ。
将之本人だけは、すごくいい感じに誤魔化せたと、礼に背を向け知己に「話を合わせて!」とばかりにウィンクを送っている。その「いい仕事した」感満載の笑顔を、うっかり張り倒してしまいたくなる衝動を知己は抑えに抑えた。
(うあああああ! トンデモナイ奴に、誤魔化せって言ってしまったぁ!)
絶対に自分より立ち回りうまいだろうと思って将之に振ったのに、この仕打ち。
(明日から『知己お兄さん』じゃなく『知己おじさん』と呼ばれる!)
いや、聡い礼のことだ。
きっと呼びはしない。
呼びはしないが、礼の心の中で知己は「おじさん」認定されただろう。
さっきとは違う意味で、やはり知己は絶望に囚われ真っ暗な気持ちになっていた。
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