夏休みが来た 9

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「私ね、最初の渡米で醤油持っていこうと思ってたんだけど断念したんです。液体ってそんなに持ち込めないんですよ。持ち込み量が決まっていますからね。かといって味噌は重いし冷蔵保存じゃないと痛んじゃう。持ち運びに向かない。だから、考えたんです。白い粉末だったら軽いし、持ち運びも簡単じゃないかって」  礼がニヤリと笑った気がした。  知己は、もはや危ないシーンしか想像できない。 「初めての渡米で、もれなく税関職員にとめられたって言ってたよね。礼ちゃん、運び屋か何かと間違われて」  風呂の準備を終えた将之がリビングに来て懐かしそうに語るが、「運び屋か何か」ではなく、それは間違いなく「運び屋」だと思われたのだろう。 「こんなに可愛い運び屋、いないよね?」  将之の明後日な判断基準は、この際無視しよう。 「運び屋なら、こんなに堂々と白い粉の詰まった袋をキャリーに詰めませんって」  礼の運び屋でない理由も、将之と大差なかった。 (ああ、この兄妹は……)  知己の想像通りに、やはり危ないことになっていた。 「ど、どうしたんだ? それで……」  最初の渡米は当時15歳。礼は、このピンチをどうやって切り抜けたのか、少なからず知己は心配になって訊いた。 「普通に」  この娘のいう「普通」は何を指しているか甚だ怪しい。 「何が、どう普通に?」 「普通に、舐めてもらって。グルタミン酸の粉末だと分かったら、税関通してもらえたわ」  心臓に悪い娘だ。  だが、今回も同じ手口で税関を潜り抜けるのだろう。何も悪いことしていないのに、心臓に悪いシチュをあえて選んで。
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