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「あれ? 味、違う?」
「すごい、分かりますか。先輩は『違いの分かる男』だったんですね。今日、新しい豆を買ったんです。これは最高級ブルーマu……」
「……酸っぱい。前のがいい」
将之が今日の買い物の勝利報告とばかりに説明しようとしていたが、話の腰を豪快に横槍で刺されて折られた形になった。
「あー。そうですか。分かりました。この豆が終わったら、次は前のに戻します」
乱暴に返事している将之だが、彼は知っている。
3日もすればこの味に慣れ、知己は「こっちがいい」と言い出すのだ。
「さて、今日も礼ちゃんはお風呂なので……あだだだ!」
腰を半分浮かせて知己に近付いたら、即座に首をアリエナイ角度に曲げられ、将之が悲痛な声をあげた。
「お前、昨日の今日でよくも……」
昨日「加齢臭」とあらぬ疑いをかけられた怒りに燃え、知己はめいっぱい右腕を伸ばし、将之の顔を捕えて近付かせなかった。
そんな知己を意に介さず
「だから、いいんじゃないですか。今日も頭皮チェックー!」
強引に触れようと将之が迫る。
「ふざけやがって」
また、いつ礼に見られるとも限らない。
知己は必死に応戦する。
ぐいぐいと迫る将之に今度は左手も添えて、将之の顔を押し返した。
「絶対にさせない。
だいたい後3日だろ? お前の虫垂炎の時よりは短い。ガンバレ。やればできる!」
もはや熱い応援のような言葉しか出ない。
それがおかしくて、知己も将之も一緒になって吹き出した。
すっかり気持ちがそがれた将之は
「もう……、分かりましたよ」
と迫るのをやめた。
「あ、そうだ!」
「何?」
「せっかくなので、あの時の僕サイズのグッズを使って、夜の寂しさを紛らわしてくださいね」
「は?」
(何を思い出しているんだ? こいつは)
将之が虫垂炎で退院後もしばらく「傷が開くから夜の営みNG」と医者から言われていた。その時に将之が買ってきたモノ。知己がいらないと言うのに無理やり押し付けた大人の玩具的なモノ。
捨ててはない。
だから今も知己の部屋のどこかにあるはずだ。
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