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夏休みが来た 10
潮風が心地よい。
礼の希望通りに、家から都市高使って40分の海浜公園に来た。
「良かった。やっと来れた」
日本の滞在は今日を含めて残り3日となった。
少なくなった時間を惜しみ、礼が助手席から車を降りながら嬉しそうに言った。
「ここ、そんなに来たかった?」
将之は運転席から降りながら、訊く。
「うん。何年振りかしら? 懐かしいな」
潮風に舞う自分の髪を押さえながら、礼が言うと「ふうん」と将之は聞き流した。
散歩コースにもよく利用される海岸沿いの道をたどると、だだっ広い空間に出る。煉瓦で舗装された趣ある広場は、浜辺から一段高い場所に作られていた。散歩コースから広場の周りには1m程度のコンクリートの壁がぐるりと囲んでいた。万が一の転落事故防止の為だろう。広場で壁の一角が切れており、そこから壁に沿って緩やかな階段が伸びている。下りると波打ち際に出ることもできた。
駐車場からスキップでもしかねない勢いでご機嫌にテンポよく歩く礼の後ろ2mほど離れ、将之と知己が並んでゆっくりと歩く。
広場の壁には、そこに座ったり、あるいは壁際に立ったりと、ぽつぽつと釣り人がいるのに気付いた。
「何が釣れるのかな?」
と知己が呟くと、
「鰺だったと思います」
聞きつけた将之が答えた。
「知ってるのか?」
「子供の頃に、この海浜公園で釣りもしたんですよ」
「へえ」
「父の趣味が釣りでして……。あ」
「あ?」
「いえ、違うかな? いや、そうかも」
「何なんだ、一体」
「今、思い出したけど、あのソファの席、昔、父がよく座っていた所です」
「父……?」
「あそこに座って、よくゴルフクラブ磨いたり釣り竿の手入れしたりしていました」
「趣味が多いな」
「半分は『接待だ。仕方ない』と母の手前で言ってましたが、まあ、仕事も多ければ趣味も多い人でしたね」
興味の間口の広さは、将之も礼も同じだと思う。
「遺伝だな」
と知己が言うと、将之は「?」と首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
「お兄さん達、早く、早く! こっち!」
以前来たこともある礼は、海へと下る階段の存在を知っていて、今も同様にあるのが嬉しいようだ。パンプスだが足取り軽く、その階段をさっさと下りていった。
知己と将之は、早々に階段下りた礼に広場で置いてきぼりをくらわされたかのようだ。
「じゃあ、礼ちゃんは……」
礼が階段の下に消えていったのを見て、知己が顔を上げた。
「ええ。間違いないですね」
将之が頷く。
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