242人が本棚に入れています
本棚に追加
/778ページ
「それは嬉しいけど……。
本当に知己お兄さん、そんな風に言ってるの? なんか腹話術の人形みたいになってない?」
「なってないし、そう言ってる!」
言い切ると、今度は知己の右手を取って礼にプラプラと手を振る。もれなく腹話術師とその人形状態だった。
礼は目を細め、疑いの眼差しを向けたが、将之がその視線から逃れるように
「じゃあ、また後で! 見つからなくっても15分後にはこの階段下に集合だよー!」
これまた適当に言い、知己を連れて階段より左に歩き始めた。
礼は釈然としていなかったが、一人取り残されたので、
「ま、いっか」
と、とりあえず二人とは反対方向に探し始めた。
「お前、本当に口から先に生まれた男なんだな」
礼に背を向けて遠ざかりながら、知己はやっと口を解放された。
「こちらは必死でしたよ。なんだってあんなことを言い出したんですか? 礼ちゃんにとって父のことは地雷そのものなのに」
「そうかもしれないけど、なんか引っかかるんだよ。あの視線……」
「気のせいです」
すぱっと言い放つ将之に
「そうか? お前の言うように呪詛を送るにしろ、生霊を飛ばすにしろ、懐かしがっているにしろ、礼ちゃんはお父さんのことを考えていると思うんだけどな」
知己は食い下がった。
「まさか。だってあんなに毛嫌いしている父なのに?」
「例えば……仲直りしたいとか?」
「ないないないない。絶対にない。
礼ちゃんはグローバルな視野を持つクリエィティブな自立した女性なんですよ。今さら父に依存とかないないないない」
「そう……だよな」
とは言うものの、いまだ納得はできない。
知己は遥か沖の方を眺めた。
(このまま礼ちゃんをアメリカに帰せない……)
「だけど、依存じゃなくっても家出同様に出てきちゃった礼ちゃんは、そのまま9年間、お前以外の家族とは音信不通だろ? 気になったとしても不思議はない。余計なおせっかいかもしれないけど、放っておけないんだ。俺、礼ちゃんのことが好きだから、さ」
「は?」
眉がつりあがった将之が、また、両手の親指を付けたり離したりする謎の動きをし始めた。
「あ、お前の妹だからだぞ。本当に妹みたいに思っている」
「……ま、いいでしょう」
と言っている割には、将之は謎の動きをやめていない。
「だから、礼ちゃんには幸せになってほしいんだ」
(あ。これ、昨日の礼ちゃんの言葉だ)
言った後に気付いた。
最初のコメントを投稿しよう!