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「あの、だから、それは将之が急に引っ張るから、俺は……」
「何よ、もいきーっ! 二人とも、もいきーっ! もいきーったらもいきーっ!」
暑さと日焼けとわずかばかり待たされたこともあってか、知己の必死の説明にも礼はけんもほろろに「キーっ! キーっ!」と喚きたてた。
「先輩がリュウグウノツカイを探すのに夢中になって、足元の小さな蟹を踏みそうになったんだ。それで、僕が手を引っ張って蟹を助けたんだよ」
見かねて将之がフォローを入れた。
「え? 蟹? 見たい!」
将之のフォローは礼に聞き入れられたようで、礼の興味はすっかり二人のいちゃつきなど圏外。将之の虚言の蟹に移っている。
(こいつ……。また礼ちゃんの地雷回避で俺を使ったな)
知己はすかさず将之を睨んだが、将之はあえて無視した。
「ちっさい蟹。可愛かったよ。でも、今、見に行く? 車まで日傘取りに行くんじゃなかったの?」
「ああん、もう! 将之お兄さんの意地悪!」
相変わらず、礼の将之に対する評価は正しい。
「お腹も空いたし、みんなで車戻って、ちょっと早いけど先に昼食に行こう。そしてまた後で来ようよ」
「賛成! お腹もすいたわ!」
礼は三人で車に戻れるのを喜んで、将之の意見を採用した。
「先輩もそれでいいですよね?」
「はい、はい」
「どうしたんです? いつものよいこのお返事『はい』は?」
「……お前な……」
礼の地雷回避でたやすく知己のことを売る将之に、どうしても訊きたいことが生まれていた。
(俺と礼ちゃん、どっちが大事なんだよ?)
きっと比べることなどできないのだろうけど、それでもどうしても訊きたいと知己は心底思うのだった。
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