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「いや!」
言葉の意味を察して、卿子は激しく腕を振り、俊也から逃れようとした。
だが、俊也はびくともしない。
身長172㎝の俊也が面白半分に卿子の腕を引くと、卿子はバランスを崩し、たやすく胸の中に倒れ込んできた。
元々人気のない特別教室棟。その脇に設置された非常階段。周りは雑木林で囲まれて見通しは悪い。はるか向こうにフェンスが張り巡らされ、その向こうは車道だった。
「や、やだ!」
俊也の胸を押しのけ、なんとか自力で逃れようとする卿子だったが、びくともしない。
それどころか、卿子の髪の毛が俊也の鼻先をくすぐる。
普段嗅いだことのない女性の髪の香り。
「あ、いい匂い」
と俊也が言えば、思わず卿子は
「いや!」
嫌悪感をあらわに叫んで、俊也から少しでも離れようと体を突っぱねて伸びあがった。
「いってー!」
頭の匂いを嗅いでいた俊也の顔面に、ちょうど頭突きをくらわす形になった。
「何すんだ! こいつ」
怯えていて何も抵抗できないと思ってた所に思いがけない反撃の頭突き。俊也は、反射的に手が出た。
「あっ……!」
ばしっという乾いた音と共に細身の卿子の体が弾かれ、コンクリートむき出しの床に倒れた。
卿子はショックで、そのまま凍り付いたかのように動かない。
「……こいつ、調子に乗りやがって」
思わずカッとなって手を出してしまったのだろう。さすがに女性に手を上げてしまった居心地の悪さに俊也も引っ込みがつかない。
「お姉さんが悪いんだからな」
言い訳がましく、クドクドと自分の正当性を主張した。
「章、見てたよな! このお姉さんから頭突きするのを」
「うん。見た見た。お姉さんから、先に手を出したよー! 俊ちゃんはお姉さんにヤられたからヤり返しただけー!」
章は、相変わらず二階の踊り場に居る。柵から身を乗り出し、ふざけて一階にいる俊也に手を振っていた。
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