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「俺が居ると気まずいだろ」
と知己は朝食の時間をずらした。
だから、その時の礼の様子は分からない。
後で教えてもらったのだが、
「今日はどこにも行かないで、部屋でゆっくりしたいそうです」
ということだった。
将之のお姫様は、貴重な6日目を一日ゲストルームにお籠りで過ごすように決めたようだ。
「多少、礼ちゃんにしては静かでしたが、元気は元気なので。家でゆっくりするのもアリなんじゃないですか?」
と将之は言うが、礼の滞在は残り二日。
「Time is money.(時は金なり)」
と、気ぜわしく日本に居る時間を惜しんでいたのに。
父親のことを憂いたまま旅立たせたくないと思っていたが、まさか自分のことが礼にとって憂いの種になるとは。
それぞれがなんとなく自分の部屋に行き、三人三様で過ごす。
やがて、時刻は10時を過ぎ、将之が
「牡蠣……その他もろもろ、買ってきまーす」
と買い物に出かけた。
正直、チャンスだと思われた。
(これで、あの日和見なダメ兄に邪魔されることはない)
心の奥に芽生えた(どうせ、俺よりも礼ちゃんが大事)というどこか悲しくてどこか切なくてどこか苦い気持ちは、一旦、もっともっと奥へ押し込み、知己は礼の部屋をノックした。
「礼ちゃん。話、してもいいかな?」
ややあって、礼が返事した。
「……入って」
思ったよりも、すんなり受け入れられた。
知己がスライド式ドアを開けると、礼はベッドに臥せっていた。
「あの……、昨日はごめん」
「そのことなら、もういいわ」
礼はラフなロングTシャツ風のワンピースの部屋着で横たわっていたが、知己が来たのでベッドに座り直した。
「せっかくの貴重な日本滞在時間なのに、今日を無駄にしちゃったみたいで悪いし」
「それもいいの。この何日間で行きたい所はだいたい回ったもの。なんだったら、今日はもう一回博物館でも行こうかなって感じだったし」
「行かないのか?」
「行けると思う? 昨日あんな話をされて、今日、行ったら私、完璧なファザコン娘だわ」
「……ごめん」
「ううん。やな言い方した。私の方が、ごめんなさい」
おもむろに礼は立ち上がって、部屋のドアにカギをかけた。
「どうして?」
知己が訊くと
「将之お兄さんに聞かれたくない話、パート2をしたいから」
と礼が答えた。
(パート1。俺が将之に喋って、ごめん)
知己は心の中で詫びた。
礼の地雷を知らせるにあたり、どうしても理由を言わないわけにはいかなかったのだ。
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