夏休みが来た 12

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「この家、父のこだわりで部屋ごとの防音は完璧なのよ」 (知ってる)  将之に散々聞かされたこの家の構造を改めて礼にも言われた。 「部屋の中に入らないと、話し声なんて聞こえないわ。ほら、あれ」  礼が指さした方向にアップライトの電子ピアノがあった。 「ヘッドフォン付けてても、キーボードの叩く音は意外に聞こえるものなんだけど私がこの5日間、部屋で夜にピアノ弾いてても聴こえなかったでしょ?」 「礼ちゃん、ピアノ弾けるんだ」  昨日言ってた習い事の一つだろう。 「たいして巧くはないけど、ストレス発散程度には」  知己にはストレス発散の方法でピアノを弾く選択肢自体がないので、よくは分からないが。 (俺の試験管磨きみたいなものか?)  ストレス解消法は人それぞれだなと思った。 「……昨日は言いにくいことを言ってくれて、ありがとう」  皮肉でもなんでもない、素直な礼の言葉だった。 「突っ立っていられると話しにくいし、ここ、座ってくれる?」  礼は自分の座っているベッドの空いたスペースをポンポンと叩いた。 (将之に見られたら、面倒だな)  と思ったが、鍵もかけてもらったのだ。  礼なりの気遣いを無駄にするのも気が引ける。  20㎝ほど間を開けて、知己は礼の隣に腰を下ろした。  知己が座ったのを見届けて、礼は話し出した。 「お父さんみたいに全く私の話を聞かない人種の他は、逆に、将之お兄さんもお母さんも、誰も彼も、みんな私に気を遣うんだ」  そう言うと、礼はホテルスタイルの大き目の枕を掴んで、膝の上に乗せた。 「転入生なんて、そう何度もやるもんじゃないわ。  慣れないだろうからと、やたらと気を遣って親切にする人。ここぞとばかりにベタベタ親切にする振りして、いい人アピールに利用する人。逆に敢えて(転入生)をガン無視する人。  なかなかちょうどいい距離感の人っていないのよね。  特に女はそう」
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