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「知己お兄さんの言う通りよ。
思い出したの。私、子供の頃、お父さんが大好きだった。もちろんお母さんも好きだったけど、異性の親ってなんか特別なのよね。
お願いして、家族で博物館に連れて行ってもらっては、3つも年上の将之お兄さんと勝てっこないのに張り合って。きっと、いつだってお父さんに認めてほしかったのね」
礼の目に涙が浮かぶ。
「お父さんの嘘は、今に始まったことじゃないわ。
いつだって予定変更。長く居られた試しなんかなかったのに、いつも気を遣われるよそ者の私は、『今度は3年は居られる』なんてお父さんの言葉を信じちゃったの。
やっと中学でちゃんとした友達作れると思った。だって、ここは小学部の時に何度も居たことがある一番長く住んでるとこだよ。期待しちゃうじゃない? 仲良しの友達ができて、可愛い喫茶店でお茶したり、モールに行って買い物したり、そんな楽しいことができると思ってた。
でも、やっぱりそれはできなくて、お父さんの仕事に合わせて転々とする日々。行く先々でまた腫物扱いに戻ってうんざり」
礼が瞬きをした弾みで、涙がぽろりと頬を伝った。
「もうお父さんに振り回されるものかと密かに計画した留学。その為に猛勉強したわ。幸い勉強や英語は父が習わせてくれたので、それをめいっぱい利用させてもらって」
皮肉よね……と、礼に不似合いな自嘲が浮かぶ。
「高校からのアメリカ留学は、お父さんに激しく反対されて。
『そんなことの為に、大金かけて勉強させたんじゃない!』
なんて言ってたわ。私のこと、やっぱりモノ扱い。投資か出資みたいに言ってた。
いつもは優しいお母さんさえも、この時ばかりは味方になってくれなかった。将之お兄さんは大学進学でその年の3月には家を出てたから。周りは敵だらけ。誰も私の気持なんか分かってくれない。何度話しても相手にしてくれない。お金を出してくれる祖母はいつだって私の味方だったけど、遠方に居たのでメールや電話もしなかった。だって、せっかく応援してくれるのに、心配かけたくないじゃない? 私が祖母に言ってたら、もしかしたら親を説得してくれたかもだけど、話を聞いてくれない親と祖母を全面対決なんてことさせるようなマネしたくなかったの」
話すのに、勇気がいるのだろう。礼は一度、深呼吸をした。
「そして迎えた出発の日」
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