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4月はもう目の前 1
恒例の第三土曜日は、3月20日であった。
「誕生日おめでとう、家永」
平野知己は、10年来の親友・家永晃一の誕生日を言祝ぐ。
今日で30歳を迎えた家永晃一の「ここでいいや。ゆっくりできそうだし」と適当に入ったチェーンのレストランで、ケーキとドリンクバーを注文した。
「いい年こいた男が二人でケーキかよ」
家永が苦笑いを浮かべる。
「だって、お前、何もいらないって言うから」
せめてこのくらい奢らせろと知己は言う。
本人にリクエストがない上に、誕生日プレゼントを選ぶ暇さえなかった。
せめてケーキぐらいは奢りたい。
「まだ、忙しいのか? 顔色冴えないようだが」
家永が知己の顔を覗き込んだ。
「色々な〆切に追われていたからかなぁ?」
高校教師の平野知己は、3年生の担任だった。自然、生徒の進路関係に身も心も、やつしていた。
卒業式を終え、担当していた生徒全員の進路もようやく決まった。卒業させたらそれで終わりかと思いきや、意外にも細々とした書類関係やデータ処理などに追われている。
知己は携帯のスケジュールアプリを立ち上げ、予定していた仕事におおよそ目途がついていることに安堵の息をついた。
家永が、「奢ってくれるのなら、コーヒーぐらい俺が淹れてくる」とドリンクバーから戻ってきた。手には二杯のブレンドコーヒー。淹れたてで、表面はほのかに泡だっている。
改めて知己の向かいに座ると、その一杯を差し出した。
「ありがと」
持ってきてもらったコーヒーにすかさず口をつけ
「げ。ミルク入れたな?」
泡立つ表面にミルクの存在に気づかなかった知己は、文句も口にした。
「ブラックは胃に悪い。そうでなくとも、かなりメンタルに来ただろ?」
「……まあな」
なにげなくアプリのカレンダーを3月から2月にスワイプさせてみる。
(何故に合格発表前に2月はバレンタインデーがあり、3月1日は卒業式があるのだろう)
当たり前の高校のスケジュールだが、知己は度重なるイベント(?)発生に疲れてもいた。
知己に思いを寄せる生徒の門脇蓮が、何度も断っているのに、ここぞとばかりに色々と仕掛けてくるのだ。
平野知己。性別・男。だのに、男子生徒の門脇蓮に思いを寄せられ、ややこしい二年間を過ごした。
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