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「将之お兄さんはね、昨日のことを言ったの。
『海浜公園で先輩があんなこと言ったのは、お父さんの回し者だからじゃないよ。礼ちゃんがお父さんのこと気にしていたみたいだから。ただ礼ちゃんのことを思うから言ったんだ』
って。
多分、私が『何にも知らないくせに首ツッコんで、ヤなこと言って』って知己お兄さんのことをさんざん罵ったじゃない。だから、だと思う。
『お父さんと仲直りしたらいいとか、世間一般の親子仲良くあるべき姿とか、そんなステレオタイプを説きたいんじゃないよ』
『このままアメリカに戻ったんじゃ、礼ちゃんが後悔するだろ』って。
『礼ちゃんの思っていること、言うだけ言ったら?』って言うから
『私の思っていることは、恨みごとだとしても?』って返事したら『恨みごとでも言ったらいい』だって。
『それが元でまたケンカすることになっても、今よりはいいんじゃないかな? お父さんたちとは何があっても、少なくとも僕とは今まで通りだよ』って」
(コンビニまでアイコ買いに行っている間に、そんな話をしていたのか)
と知己は思った。
「だから、今度は将之お兄さんが買い物に出て、知己お兄さんが来た時に……私のことを思って言ってくれているのなら話を聞いてみようと思ったの。思ったのに……あんな話になるなんて」
「……」
知己は「ごめん」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
礼を不快にさせたのは謝るべきかもしれないが、伝えたかった内容を詫びる気にはならない。
たとえそれが、「今まで通り」だと唯一信頼する肉親を奪う形でも。
(思えば、残酷なことをしちゃったのかもしれないけど……)
「でも、それで合点がいったわ。その時に将之お兄さんは、知己お兄さんのことを信頼しているし、理解しているなって。なんでこんなに知己お兄さんのことを分かっているかな? って思ってたら、二人は……だったのね」
暗い礼の声に心が折れそうだ。
「その、……嫌かもだけど、……どうしても昼間の続きを言っておきたいんだ」
知己が重い口を開くと
「どうぞ。そんなに言うなら、そこで勝手に喋ったら? どうせ聞かないけど」
素っ気ない態度に思われたが、礼が本当に誰かを喋りっぱなしにさせて聞かないということがあるだろうか。
父親に聞いてもらえずに、ずっと心にわだかまりあった礼は、これまで聞かないときはいつだって断固拒否していた。
きっと聞く気はあるのだと、希望的観測を胸に知己はドアに向かって話し出した。
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