夏休みが来た 12

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「……礼ちゃんは生き物なら子孫繁栄でなんぼだと言ってた。確かにそうかもしれない。男同士だし、全然生み出すものがないかもしれない…‥けど」  何の反応もない。  だけど、きっとドア付近で聞いてくれている。  そう信じて、続ける。 「でも俺はあいつと、どこまでも一緒に居たいと思った。生み出すものが何もなくても、一緒にいると嬉しい。  朝一番にあいつに会って、夜眠る最後の一瞬まで一緒に居たいって思ったんだ。  ただ一緒に居るだけ。  それは何も生み出さないのだけど、俺はすごく嬉しいし、居心地いい。  きっとあいつもそうなんだと思っている。  それじゃ、だめかな?」  一気にまくし立てた。  返事はない。  やはり聞いてもらえなかったのか?  それとも聞いていてこの反応なら…… (それはダメだと言われたようなものだ)  知己はゆっくりと溜息を吐いた。  知己がそっとドアから離れようとしたときに 「明日……」  と礼の声が聞こえた気がした。  慌てて、ドアに張り付く。   「明日……朝、出発するわ」 「……え?」  予定では明日の夜の便だったが? 「出発早めたの」 「礼ちゃん……! そんな……!」  ここにはもう居たくないということか。 「空港まで送ってくれる?」 「……」  礼の最愛で唯一心を開いていた兄を奪ったばかりか、故郷まで奪ってしまった。  潮で満たされる海岸のように、知己に悲しみと後悔が広がる。 「ダメ?」  返事がない知己に、催促するかのように礼が訊く。  ドアを挟んでいるので、礼の顔は見えない。 (どんな気持ちで頼んでいるのだろう?)  想像するしかできないことが余計に知己を悲しませた。 「……うん」  せめて、そのくらいはしよう……と知己に償いの気持ちが芽生え 「いいよ。送る」  やっと返事をすることができた。
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