夏休みが来た 12

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 フライト案内の掲示板が、一つ、また一つと繰り上がっていく。  それを見て、礼はまたもやネックレスを指にかけてもじもじと弄り始めた。  9年断絶した父に会うのだ。しかも家出同様に別れたとあっては、緊張もするだろう。 「大丈夫だよ、礼ちゃん」  見かねて知己が話しかけると、瞬間、礼の目にぶわっと涙が溜まった。 「……先輩、また泣かしましたね……」  将之が冷ややかな目で知己を責める。 「あ、いや……そんな。泣かれるほど嫌われているとは」  礼の涙に戸惑う知己に、 「違うの、あの……ね。もうすぐお兄さん達とお別れなんだと思うと……」  ハンカチで手早く涙を拭き、突如、礼の方からカツカツとヒールの音をさせて近付いた。 「え? あの?」  知己と礼の距離がどんどん縮まる。  知己はもう目の前だというのに、礼はスピードを落とさない。 「わっ!」  まっすぐに知己めがけてきた礼を避けることも逃げることもできず、知己はガシっと音がしそうなほどの勢いで礼の両腕にホールドされていた。  瞬間、   「あー!?」  嫉妬とも驚愕とも分からない将之の叫び声があがった。 (……「Don't touch me!(触らないで)」……だったのでは?)  礼に怒られないように、思わず知己は両手を上げてホールドアップのポーズを取った。 「……あの、礼ちゃん?」  この状況。  腕を下ろして礼を抱きしめたいが、果たしてそうしていいものかどうか迷う。 「……一週間、礼をかまってくれてありがとう」  知己の胸に礼が顔をうずめて言う。  幸い場所は空港。  将之以外の周りの人は、別れを惜しんでのことと二人をあたたかな目で見てくれていた。  ただ、知己の両手を上げているポーズだけは不思議な様相だったが。  きっと女性がこんなにも別れを惜しんでいるのに、受け止めない非情な男だと見られているのだろう。  ついでに言うなら、さっきから横で将之が 「礼ちゃん! 僕にも、ハグ! 最後だよ。ほーら! おいで! こっちだよ!」  ママにばかり懐いて、振り向いてくれないベビーを必死で呼ぶパパの状態になっていた。   真横で騒ぐ将之を気にせずに礼が 「今、言わなくちゃ。またしばらく会えない……から」  知己の胸元から、まだ少し涙声で言った。 「あ。だったら、俺も言いたいことがあるんだ」  知己はすかさず言った。 「……何? 言ってもいいわよ。手短に、ね」  胸に顔をうずめる礼が少し笑った気がした。
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