過ぎ去った夏 1

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「……ですから、話の流れ的に僕は家に帰ったら即OKなのだと思いましたが」  玄関からまっすぐ抜けて奥のリビングに着き、知己は礼が見つめていたソファに視線を落とした。  今頃、父と会って楽しく食事でもしているだろう。 (いや、かどうかは分からないけど)  そんなことを考えながら、知己はソファに腰を下ろした。 「分かりました。焦らしぷれえってヤツですね」 「全然、分かってねーな。俺は少し感慨に耽りたいんだが……」  呆れて知己が言うが 「逆です。むしろこういうのは耽らない方がいい。早く切り替えた方がいいんですよ」  気にせず、将之は慣れた手つきでコーヒーを淹れる準備を始めた。 「薄情な兄貴だな。最後にハグしてもらえなかったことを根に持っているのか?」  溜息交じりに言うと 「あれ、ハグって言いませんよー。ぷぷー。礼ちゃんに触らせてもらえなかったくせに」  軽く逆襲に遭った。 「うるさいな」 「傍から見ていて、『何のぷれえだろ?』って思っていましたよ」 (その横で、ずっとハグ待ちでうろうろしてたくせに!) 「そろそろ、いいですか?」  将之が淹れたてのコーヒーをテーブルに運ぶ。 「真っ昼間から何を言ってんだ。雰囲気もへったくれもないな」  右手を軽く上げて「ありがとう」の気持ちを伝えると、知己はコーヒーを口に運んだ。 「どーせ、礼ちゃんのことばっか考えているんでしょ? もう、忘れたらどうです?」 「お前、ドライだな。あんなに溺愛の妹に」 「こんなサプライズ来日を、9年間礼ちゃんの好きなタイミングで好きなだけヤられたら慣れるもんです」  将之もL字型ソファの短い方に座ると、コーヒーを飲み始めた。 「礼ちゃん、次に来るとしたらどのくらい先なんだ?」 「さあ。一年後か二年後か。最短では2か月後に来たこともありますよ。礼ちゃんの行動は、残念ながら僕には読めません……」 「二か月? それはまた短いな」 「なんでも、『グルタミン酸ナトリウムが切れたから買いに来るついでに遊びに来た!』みたいな感じで。礼ちゃんはこの家の鍵を持っているので、僕が家に帰ったら普通に居ました」 (礼ちゃん。ブレないな……)  と知己は思った。
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