過ぎ去った夏 1

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「正直……な。俺が、俺だけが、お前の天使だと思ってた」 「は?」  知己の思いがけない発言に、将之がこれまででもっとも驚いて、三度目の聞き返しをした。 「あ。違う。そういうんじゃないで……今のなし!」  自分でも信じられないことを口走って、知己は真っ赤になって手を振って否定した。 「えーっと……なんだっけか? と、とにかく、俺はお前の何なんだ? って訊きたいわけで」  さっきの発言がめちゃくちゃ自惚れている。めちゃくちゃ恥ずかしい。 (ああ、こんなつもりじゃなかったのに……!)  意味不明なことを言っている自覚があって、 (なんて言ったらいいか、うまく説明できない。だから、将之に「コミュ障」なんて言われるんだ……)  困惑が過ぎて、泣きそうな気持ちになった。 「僕の『大天使』ですね」 「は?」  真っ赤になって戸惑う知己を尻目に、将之は即答した。あまりの素気なさに、今度は知己が聞き返した。 「先輩は僕の大天使! 天使よりも上! ……の存在です」  にっこりと両手を広げてウェルカム状態で微笑む将之だったが 「嘘だ! その顔は適当なことを言っている時の顔だ」  胡散臭さに知己が声を荒げてツッコむ。 「ちっ、バレましたか。2年も同居していると、さすがにその辺バレますね」  将之は最高の胡散臭い笑顔を一転し、眉を顰めた。 「やっぱり!」  泣きたくなるような、苛立つような、よく分からない感情に知己はせめぎ立てられた。 「でも、これは本当。先輩は僕の宝物です」 「……?」 「礼ちゃんとは次元が違うんですが、僕の中で一番愛しい人というのは間違いないです」 「……」  言われて、知己は胸の奥で苛ついていた黒い塊が、すうっと溶けだしていくのを感じた。 「……そうか」  さっきまでの高ぶった気持ちが、凪いでいくかのようだ。  おもむろに知己が黙って将之に手を出した。  何をしてほしいという訳でもなかった。  仲直りの握手で手を握ってくれるといいな、くらいに思っていた。  将之が取った行動は、違った。  知己の手の甲に恭しくキスを落とす。  まるで誓いのキスのように。
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