過ぎ去った夏 1

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 ぽうんと知己はベッドに投げ出された。 「扱い、雑だな」  知己は一週間雑魚寝生活していた。この寝室のスプリングの効いたベッドは久しぶりだ。なんだか懐かしくも感じる。 「仕返しです」  将之が両手を交差して、シャツを脱ぎながら言った。  知己も将之もノーネクタイだった。  ネクタイをしめる服装だと、礼からもらったネクタイピンを使わなければいけない気がする。だけど、タイピンした服装を礼が見て 「そんなつもりであげたんじゃない!」  などと言われたら、知己も将之もきっと二度と立ち直れない。  だからまったく相談していなかったが、二人とも礼に拒絶されることを回避してノーネクタイの服装を選んでいた。   「でも感謝はしています。礼ちゃん、なんだか嬉しそうだったし」 「うん?」 「だけど先輩からのハグ返しはご法度だったし。僕に至っては触らせてもらえず」  つくづく(兄としてどうか?)な発言だ。 (そういや、この兄妹。会った時にハグする兄妹だったな)  と知己は思い出していた。 「勝手に僕らの関係を喋ってて……。自分からは『絶対に秘密』なんて言っておきながら」  だんだんネチネチ言い始めた。 「まさか僕とまで喋ってくれなくなるなんて……。あの時は僕、目の前真っ暗でしたよ」  上半身は既に裸になり、知己に覆い被さってきた。 (これほど文句を言う相手に、よくそんな気になれるもんだな)  将之の言動不一致に、知己はなんだかおかしくなってきた。 「結果オーライだったから良かったものの。でも、下手したら二度と(うち)に来なくなるパターンでしたよね? だから今度ばかりは、先輩のそのおせっかいな性格をちょっと疎んでいました」 「おせっかい……か。俺、生まれて初めて言われたかも」  まだコミュ障の方がしっくりくる。 「相手が礼ちゃんだったから……だと思う。礼ちゃんに、悲しい思いを抱えたままでいてほしくない。お父さんのことはどんな形にしろ、一旦終わってほしかったんだ」  眉間に皺を寄せて文句駄々洩れの将之の顔を知己が両手で鋏んで「ごめん」ともう一度キスをした。  将之の眉間の皺が少し浅くなった気がした。 「でしょうね。だから、これはお礼です」  知己のポロシャツの襟を広げると、首筋をペロリと舐めあげた。 「うわ!」 「あ、間違えた。僕をハラハラさせた仕返しです」  はむっと知己の耳たぶを噛む。 「いたた! こら、耳たぶ噛むな!」
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