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「ちっ。やってらんねー」
舌打ちすると、敦はポスター貼りの仕事に戻っていった。
「敦ちゃん、素直になれないお年頃だからね」
と章は言うが、知己は
(そんな感じでもなかったが)
と心の内でツッコまねばいられなかった。
「でもさ、景品『1年分』って、なんかときめかない?」
確かに、いかにも景品っぽい言い方だ。
しかも、きっと3650円だ。消費税入れても、トロフィーまで準備できるコスパ最強の景品だ。
「俊ちゃんって、こういう時だけマジで頭いいと思うんだよね」
「章……、時々俺は本当にお前に殺意を抱くことがある」
今日はあまり出番のない投票担当の俊也が、細い目をより細くして章に凄んだ。
「きゃあ、こわーい!」
まったくそうは思っていない章が、棒の演技力で応えていた。
またもやバタバタといつもの追いかけっこが始まるかと思いきや、俊也は「ふぅ」とため息一つ。
「じゃあ、俺は投票用紙の準備に戻る」
と印刷室に向かった。
「投票用紙の準備って大変なのか?」
紙を切るだけかと思っていたが、章曰く。
「まあね。今回こんな感じでマジにミスコンしているから不正できないように、投票用紙に細工しているんだ」
「細工……?」
「明日、文化祭を見に来てくれた人全員に印刷された投票用紙を配るの。一人一枚投票してもらうシステム。だから、投票用紙にはミスコン委員会の印鑑が付いているものしか有効じゃないんだ。その印鑑押しが意外に面倒らしい」
「一週間の準備期間にやっていれば良かったじゃないか」
「それがさ、景品とトロフィーで予算使ったでしょ? 残った55円で消しゴム買って、消しゴムハンコで『ミスコン委員会』の印鑑作ったんだ。俊ちゃんが丹精込めて彫った印鑑。作成にかかった制作時間が、一週間。……プライスレス」
「いや、55円だろ?」
思わず今度ばかりはツッコんだ。
(時間とお金のかけ所が、俺には理解できないな)
あれでいて俊也も梅ノ木グループレストラン部門の社長子息。
(金持ちの考えは、平民には分からんものなんだろう)
で、知己は済ませることにした。
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