文化祭の余波 1

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「ただいまー」 「おかえりなさーい、」 「?!」  知己は持っていたカバンを、リビングの入口でどさーっと落とした。  中からは期末考査用の資料が、わさーっと飛び出した。 「将之……、なぜ、その名を……?」  床に広がった資料をガサガサとかき集めつつ、平静を装って知己が訊くと 「何、言っているんですか。文化祭と言えば来賓。来賓と言えば教育委員会」  平然と将之が答える。 (あの場所に、こいつは居なかったはずだが……?)  居たら、絶対にただでは済まなかっただろう。  門脇も居たし、クロードも居た。 (下手すれば敦達よりもたちが悪い将之のこと。絡まない筈がない)  だけど、文化祭の話をここまで掌握しているとなると……やはり情報源は、その来賓の教育委員会の者だ。 (お堅い教育委員会の者が、あの……狂気じみた恐ろしい演芸大会を見に来ていたのか?)  いろんな意味で知己は青ざめた。 (やばい。阿鼻叫喚の文化祭を知られるのも、俺が女装したのを知られるのも……)  バッくれよう。 (とにかく、何を聞かれてもバッくれよう。こいつは居なかったんなら、なんとかなる)  心に固く誓う知己だった。 「えーっと、もしかして……後藤君が来てたのか?」  言いつつも、あの後藤ならば坪根卿子に声をかけないはずがない。 (違うな)  と思っていたら、案の定 「違いますよ」  という将之の返事だった。 「僕の部下は、後藤だけだと思っています?」  不満げな将之に 「他には知らないから、な」  拾った資料をかばんに詰め直して、知己はとりあえず部屋の隅に置いた。  ふと香る醤油の匂いに 「もしかして、今日の夕飯は……?」  と呟いた。 「寒いので、おでんにしました」 「やった!」  ラノさん発言のことを忘れ、子供のように無邪気に喜んで椅子に座ると、すかさず将之が鍋をテーブルに運んできた。 「せっかくだから、飲みますか? 父がまた飲まないワインを送ってきてます」  と床下冷蔵庫を開けた。 「おでんだと、赤……がいいかな」  呟きながら将之が、その中の一本を取り出した。  将之の父は酒類をもらうことがあるらしい。が、日本酒系を好み、ワインの類は飲まないので、飲まない分を将之によく送ってきていた。  ふと、夏に会った礼のことが頭を過る。 「お父さんからは、何か言ってきてたか?」 「んー……、ちょっとだけ」  片手にグラスを2つ、もう片方の手でワインを持って、将之も椅子につく。  浮かない顔から内容は想像できた。
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