文化祭の余波 1

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 赤ワイン片手に、おでんをつつく。  至福の時に聞いた話は、予想通り残念な内容だった。 「礼ちゃん、博士課程行くでしょ? なんとなく和解したように見えたのも束の間、その話になった途端 『後、5年も学校に行くのか? その時、お前はいくつになっていると思うんだ? 29(歳)だぞ!』  と大喧嘩したそうです。あのブラックカード会員しか入れない高級ラウンジで」  将之の口ぶりで判断できる。  そこには、父親の発言のみだ。 (礼ちゃんからの反撃はない。きっとまたじゃないな。お父さんの言いっぱなしだ)  きっと礼はプンスカ怒って、メロンパフェを食べ終わると無言で席を立ち、ベッと舌を出して搭乗口に向かったに違いない。 (なんとも不器用な親子だ……)  一杯、二杯と、将之に勧められるままに、赤ワインをグラスに傾けた。 (礼ちゃん、また泣いてないかな……)  メールでは何も言ってきていない。 (礼ちゃんのことだから、俺達に心配させまいと黙っているんじゃないか?)  礼のことが気がかりだ。  後でメールしておこう……と思いつつ三杯目を飲み干し、四杯目でふと (あ、今日は試験問題作ろうと思ってたのに)   と気付いた。まあ、これだけ飲んでしまえば、今からセーブしたところで意味はない。  そして、残念なことに将之の父から送られたワインは美味しいのだ。しかも将之の作るおでんも美味しいのだ。 (明日から、ガンバロウ……)  知己は五杯目に突入した。 「ところで先輩?」 「何()?」  すっかり赤ら顔と化した知己に対し、将之はけろっとしたものである。 「こちらの写真に見覚えは?」  将之が携帯から一枚の写真を表示させて知己に見せた。 「あー、これ、ぶんかしゃい(文化祭)の時の写真ら」  将之の狙い通り、酔った知己はするりと本当のことを漏らした。  見間違うはずもない。  カメラを向けられても、微笑むこともできずかと言って無愛想に振舞うのも変だ。そんな微妙な表情の自分の隣に写っているのは、見覚えのないメガネの女性が、これ以上ないほど嬉しそうに微笑んでいる。
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