文化祭の余波 3

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「ただいまー」 「おかえりなさーい!」  約束通り、将之はおでんを温め直して待っていてくれた。 「ちゃんと熱燗もできてますよー」  湯気で適度にしっとりとしたリビングは、心までも温かくしてしてくれるようだ。  何より、数日気になっていた問題作成が終わったという解放感にも包まれている。心に羽が生えたかのように軽い。 「何、これ?」  見たこともない器具が出てきた。 「地炉裏」 「……ロリ?」  一瞬、敦が思い浮かんだが、どうやら違うようだ。 「別名『酒たんぽ』。これで温度見ながら熱燗作れるんですよ」  実は、将之は形から入るタイプである。  コーヒーもエスプレッソマシンを買ってくるわ、炭酸水もペットボトルを買うではなく炭酸水メーカーで作り、休日はホームベーカリーでパンも作る凝りようだ。  将之は最近気に入っている檜のおちょこに熱燗を注いだ。  日本酒とほのかにまじる爽やかな木の香りが、心地いい。 (仕事終わって、本当に良かった。今夜のおでんといい、熱燗といい……最高)  知己は、働く社会人の喜びを心からかみしめていた。 「はい、先輩。ふかふかのはんぺんに沁み沁み大根に玉子。トロトロの牛スジに、厚揚げ、こんにゃくですよー」 「うわぁ、うわぁ!」  子供のように歓声が抑えられない。  おでんを突きつつ、熱燗を飲み干した。  口から胃の中から、ふわあっと熱が広がるように体が温まる。 「おかわりも作ってますから、いっぱい飲んでくださいね」  と将之は酒を注いだ。  しかし、なぜ、この男はこんなにご機嫌なんだろう。 「将之……。もしかして、何か企んでいる?」 「え? ど、どうして?」  明らかに口ごもった将之に、疑惑の視線を向ける。 「だって、こんなに至れり尽くせり……。なんか、変」 「ええ……まあ、その……お願いがあってですね」 「え?」 「まあ、飲んで、飲んで」  よく分からないが将之の勧めるままに、知己はおちょこに口を付ける。 「あ」  クロードの言っていたことを思い出した。 「まさか今夜は8回もシよう(Octopussy)とか……? 明日の仕事に響くのはちょっと勘弁だけど」 「いや、そんなにしたら僕がもちませんよ」 「え? しないの?」  ちょっと残念そうな知己に 「もしかして、先輩。もうお酒、回ってます?」  と将之は聞いた。  ふわふわとした頭で、「酔いが回っているか回ってないか」の判断は無理だが、なんとなくノリで知己は首を横にフルフルと振った。 「えーっと。それもあるけど……別のことを頼みたくて」 「別のこと?」
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