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冬の柔らかな午後の日差しが差し込む。
明らかに猛特訓の疲れを滲ませた俊也と知己は、理科室で向かい合っていた。
章のリクエストで窓を背に知己は立たされ、俊也はその2mほど手前に立った。
章と敦は、わざわざ理科室の机の陰に潜むようにかがんで、「二人っきりだと思っていいよ!」と謎のシチュエーションを醸し出している。
(中身、俺なのに……俊也、可哀そうだな)
言ってみれば、平野知己がいつもの白衣ではなく、黒いワンピース着ただけの変化なのだ。
「……」
とりあえず、知己は俊也の動向をじっと伺っていた。
窓から日が差し込み、まぶしさから目を背けるように俊也は俯いていた。これまで睨み付けられることはあっても、正面の知己を視界に入れることができずに俊也は、リノリウムの床ばかり見つめている。
(あれほど会いたいと思っていたラノさんだが、中身は先生)
文化祭後、受け入れがたい真実から目を背けようと必死だった俊也が、モヤモヤとした日々を送っていた。見かねた章達が俊也にメールを送り、最後は家まで押しかけた。
「さっさと告白して玉砕しちゃえ。その方がスッキリするから!」
逆転の発想で解決法を提示した。
相手は、10才以上も年上の男。しかも自分の担任だ。
どうせ実らぬ恋なら、章達のいうように玉砕した方がすっぱり忘れられるだろうと提案に乗った。
だが、心のどこかに
(また、ラノさんに会える)
(赤点回避したら、ラノさんに会える)
と告白以前に、ラノさんに会えることを楽しみにしてしまう自分が居た。
だから、まったく頭に入らなかった勉強も頑張ったし、章達の鬼のようなしごきにも耐えた。
(やっと……会えた、ラノさん)
男だろうが女だろうが、敦と章以外は恫喝の対象だったのに、なぜか襟元乱れた服装で涙ぐんで走り抜けたラノさんには、守ってやりたい気持ちが沸き起こった。庇護欲というのか、胸の奥が疼くような感情や甘く締め付けられるような気持ちを掻き立てられてしまった。
(この気持ちに、ピリオドを打つ)
俊也は決意した。
「先生……」
不意に絞り出された俊也の声に、知己はビクリと体を震わせた。
「いや、ラノさん」
俊也はまっすぐに知己を見た。
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