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「ありがとう、門脇。正直、助かった」
やっと自由になれた知己は、急いでスラックスを履いて身なりを整える。突然の門脇乱入で、下着は3mm下げられただけにとどまった。
「どうしてここに?」
ベルトをしながら聞くと、
(くっそー。相変わらず、黒くてエロい大人下着、着てやがるな)
門脇は横目で確認しながら
「何、言ってんだ」
心外だと言わんばかりの口調で
「今日は午後がまるまる休講になったんで、久しぶりに東陽に行ったのに先生居なくてどうしようかと考えてたら、樋口先生が『平野先生は八旗高校に異動になった』と教えてくれたんで、ここまではるばる会いに来たんだろ?」
一息で浪々と理由を言ってのけた。
「そのくらい察しろよ」
「いや、全文は無理だよ」
と言いつつ
(そういや、それっぽいことを家永が言ってたっけ?)
と知己は思い出していた。
「そしたら、先生がまたフェロモン駄々洩れにして無意識に男たちを誘惑してるじゃねえか。慌てて、俺は武力解決に臨んだんだ」
「お前……。今の文言の中に、一つも良いこと言ってなかったぞ」
門脇の背後に「天下布武」もしくは「唯我独尊」の文字が見える気がした。
ついでに言うなら、「電光石火」。
理科室にやってくるなり行われた門脇の武力解決に遭い、ワンパンで沈んだ須々木俊也はいまだ床に寝転がっている。
見ると眉間のあたりの皮膚が赤く変色している。
(確実に急所を狙った攻撃かよ……)
門脇は知己と出会ってケンカはやめたらしいが、今もその腕は健在のようだ。
「お前、拳の方は痛くないのか?」
門脇の手の方が心配になって聞いてみた。
「そんなもん、痛くね……」
言いかけて、門脇が一瞬、考え込む。
「?」
「痛……い、ね」
「痛いのか? 痛くないのか?」
「んなもん、痛いに決まっている。先生、ちょっと俺の手を見て。触ってみて。どっか腫れてない?」
照れくさそうに手を差し出してくるあたり、門脇は大丈夫だろうと判断し、知己は視線をもう一人の少年に移した。
吹山章は、蹴りの直撃だけは免れたものの、床にぺたんと座り込み、うわごとのように何かブツブツと呟いている。
さっき殴られた箇所が悪かったのだろうかと思っていると
「あ、ああ、あぁ……本物。本物の門脇蓮様……。蓮様だ……。うわぁ、本物の蓮様だぁ!」
(蓮……様?)
やたらと「蓮様」を連呼し、なにやら一人で宝塚の舞台のような状況になっている。
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