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初詣 3
将之の帰宅は夕方6時頃だった。
「ただいまー」
「……おかえり」
(こいつ、しらばっくれやがって)
リビングのソファで携帯弄りながら、ちらりと将之を見る。
将之は自室に直行。
仕事用のトレンチコートやスーツを脱いで、ラフな部屋着に着替えているようだ。
「明日から先輩は仕事行くって言ってましたよね?」
着替えながら、知己に尋ねてきた。
「ああ」
「じゃあ、冷蔵庫のストックはもう要りませんね? 夕飯に食べちゃいましょう」
着替えながら、知己の食事のことを気にする。
「ああ。うん」
(……くそ)
本当は「あの昼間の女は誰だ?」とか「今日は仕事じゃなかったのか?」とか聞きたいことはあるのに、将之の「デキた嫁」っぷりが、知己の出鼻を完全に封鎖している。聞く機会を、知己は完璧に見失っている。
(と、いうかあれから3時間……)
将之を見かけて帰ってくるまでの、3時間。
微妙な時間だ。
移動の時間を差し引いても、2時間は十分ある。
知己の頭の中に、ラブホの看板「休憩2時間、2980円」が過る。
(いや、まさか……。まさか、な……。うちの将之に限って……)
そこではたと
(なんだ? 思考が非行に走った保護者化している……)
と気付き、ちょっと落ち着こうと知己は深呼吸をした。
そこに着替え終わった将之が、キッチンにやってきて冷蔵庫を開けた。
「あれ? なんだか、全然減ってないみたいですね」
位置が全然変わってないストックに、意外そうな声を上げる。
「うん。なんか違うのを食べたくなって」
「そうですか。あ、気にしなくてもいいですよ。夕飯で食べちゃえばいいんですから。
ん-っと、じゃあ今日は……ロール白菜とシイタケの詰め物とほうれん草の煮びたしにしようかな? いいですか?」
聞いておきながら知己の返事は待たずに、該当するタッパーをてきぱきと取り出し、温めの作業に入っている。
仕事で帰ってきた将之一人にさせるのが忍びなく、知己は携帯を置いて
「俺、何かしようか?」
とソファから立ち上がった。
「いえ、温めるだけなのでいいですよ。座っててください」
キッチンに男二人は邪魔なのだろう。やんわりと笑顔で断られた。
仕方なく、知己はテーブルの方に移動し、要りそうな器を出して待つことにした。
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