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知己を自由にしていい一日 3
テーブルの列の間には50センチ幅の大きな衝立があり、その上には観葉植物が置かれていた。そのため衝立の向こうの席は、よほど覗こうと思って見ない限り見えない。くつろぎ空間を提供するカフェの造りだった。
知己たちの座っていてたテーブル席の向こうの高校生カプが、おもむろに席を立った。
「聞いたか?」
「おう」
「なんかこそこそやってると思ったら、章め」
「一人だけ奢られやがって……」
「そんなの、どうでもいい。問題は会話の内容だ」
ひそひそと会話を続けながら、知己たちの後をつけるカプ……それは敦と俊也だ。
あの日、章と知己が何やら怪しいサインを交わしているのを察知した敦は、直近休日の今日に目星を付けていた。案の定、イソイソと出かける章を見つけ、コッソリつけた。どうやら行き先がカフェらしいと踏むと、携帯で俊也を呼び出した。敦に「すぐに出かけられるようにしとけよ」と言われていた俊也は、携帯握りしめ今か今かと連絡を待っていた。だから、すぐに敦と合流できたのだ。
二人がカフェに入っても見つからなかったのは、既に知己の意識はそこにはなく、とんでも発言しかしない章に向けられていた為だ。
また二人の変装も功を奏していた。
俊也はダウンの黒ジャンバーにジーパン。目立つ三白眼のつり目をサングラスで隠している。敦はプードルファーのジャケットにひざ下丈のスカート。二つに分けた三つ編みウィッグで、今どきあまり見かけない真面目な女子高生風。相変わらず眼鏡をかけると、とんでもない美少女オーラを封印できるお得な体質でもあった。
「君達……彼らの知り合い?」
店を出たところで、不意に黒いトレンチコートに中折れ帽、サングラスにマスクかけた長身の男に声をかけられた。
(確か、この男……カフェに居た)
俊也は気付いていなかったようだが、敦は分かった。
自分達の真後ろの席、知己達にとっては斜め後ろの席だ。そこで、ずっと文庫本を片手にコーヒーを飲んでいた男だった。敦が気になったのは、男が全くページをめくっていなかったこと。本を読むのはフェイクで、明らかに別のことに意識を集中させていたように思えた。だから、記憶に残っていた。
声を掛けられたことで、さすがに俊也も無駄にテストで鍛えられた第六感が何かを告げた。
すかさず敦を庇うように前に立ち、
「怪しいヤツだな。迂闊なことを喋るな、敦」
と忠告したが、『敦』と言った時点で、敦から肩を激しく叩かれるのだった。
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