242人が本棚に入れています
本棚に追加
知己を自由にしていい一日 5
「よう、章。偶然だな」
「……妙な偶然もあったもんだね」
逆アカデミー賞があったらもれなく受賞できそうなほど、ぎこちない演技で敦が声をかけた。
「ださ女子変装して、一体何しているの? 敦ちゃん」
至極もっともなツッコミを受け、敦は答えに窮した。
それを助けようと、
「あ、先生じゃないっすか。コニチハー!」
同受賞の俊也が挨拶をした。
「日本に来たばっかりの外国人みたいな挨拶して。僕らのデート邪魔しないでよね!」
回した知己の腕に「離れないぞ」の意思表示でしがみつくと章が叫んだ。
「………………………………やっぱり、デートか」
「………………………………不純同性交遊か」
ポソポソと敦と俊也が、彷徨う視点で話していると
「お前らが何を言っているのかは分からないが、助かったぞ。もしかしてお前らも飯か?」
と知己が声をかけた。
「飯? ……あー、うん。そんな感じ……かな?」
明らかに惚けている様子の二人と……その隣。
火事場の馬鹿力だろう。高校2年生男子としては小さな体躯の敦に手首を掴まれて逃げ出せずに、気配を限りなく消しつつも不自然に座り込む黒いトレンチコートの男が居る。
「………………………………………………………………って、誰?」
「ライオさん」
俊也が瞬時に答えた。
「どうした? ライオさん。気分でも悪いのか?」
まったく立とうとしないライオを気遣う俊也だったが
「……いいか悪いかで言うと、すこぶる悪いね」
別に具合が悪くて座り込んでいるわけでもなさそうなライオが小声で答えた。
「だから、ライオさんって誰?」
座っていても分かる長身に、スレンダーな着こなし。帽子やサングラスにマスクでも隠し通せないイケメンオーラに、心当たりがないわけではない。
(だけど、あいつは不貞寝している筈……。それがなんでこいつらと一緒に居るんだ?)
信じたくない思いで、もう一度訊いた。
「ライオさんは、ライオさん」
と俊也がシンプルに答え
「とある組織の回し者」
敦が言い方を変えてみた。
「……敦君。言い方、酷い」
思わず突っ込むと
「………………………………将之?」
知己の問いに、ライオは「しまった」と口を押えた。
「「「将之?」」」
3人のDKが、声を揃えて聞き返した。
最初のコメントを投稿しよう!