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知己がいつものように授業で指名した。
すると、突然、ガタガタと音を立てて生徒が筆箱を落とした。それも一人や二人じゃない。ほぼ全員だ。
「え? 何? 何が起こった?」
ただの偶然じゃない。明らかな異常事態に知己が戸惑っていると、指名された生徒はおもむろに立ち上がり、知己の授業の発問に
「分かりません」
とだけ答える。
気を取り直し、次の生徒を指名すると、今度は一斉に携帯の着信音が鳴る。
一台程度ならいざ知らず、全員でならせば大した音量だ。マナーモードにしているのか「ヴウウウウン」という振動音のみの時もある。それがそろって教室中に響けば、不気味なことこの上ない。
「お前ら! 授業中はあれだけ電源を切れと言っているだろ……!」
怒る知己に、生徒たちは冷めた視線で
「さーせん」
「さーせん」
と全く心のこもってない謝罪を述べるだけ。
ある時は、指名したタイミングでほぼ全員が椅子を引き、またある時は教科書をほぼ全員がバサッと閉じた。
どう考えても、示し合わせているとしか思えない。
しかも、知己の発問には誰一人として「分かりません」としか答えない。
いつもの、なんとかひり出した珍回答さえ出ないのだ。
「俺、もう指名するのが怖くなってる……」
指名する度、何かが起きるのだ。普段なら大したことないと笑い飛ばせる些細なことの積み重ねだが、地味にだが確実に知己の心に暗い影を落としていた。指名をすると嫌なことが起こることがトラウマになり、知己を憂鬱にしている。
「こんなこと、今までなかった」
どんよりと曇った顔で知己が本音を吐露すると、家永が
「深刻だな。心が折れかかっているじゃないか」
と心配した。
「指名できないと50分間の授業時間、ただ俺がしゃべり続けるだけなんだよ。これまでの大喜利授業の方がまだ良かったよ」
想像するに切ない。
教師の一人しゃべくり50分とは。
「ん? と、いうことは……クロードは、そのからくりを見抜いたのか?」
「ゲームって言っているくらいだから、分かったみたいだよ」
「答えは教えてくれないのか?」
「『これは自分で解かないと。彼らが、益々過激になったら知己が困るでしょ?』 ってさ」
「冷たいな」
「そっかな?」
知己の身を案じてくれていると思っていたが、家永はそうは受け取らなかったようだ。
「こんなに平野が悩んでいるのなら、答えをそっと教えてくれても良いと思うんだが」
「変な所で律儀なんだよ、クロードは」
「そんなもんか?」
「あ、でもヒントはくれた。『quake』だって」
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