知己を自由にしていい一日 5

3/8
前へ
/778ページ
次へ
「最初に言っておきます」  ホテル最上階レストラン。  本日のランチ税込み1760円を5人分頼むと、将之が口を開いた。 「なんだ?」 「暴力禁止」  6人席を5人で使う。窓際のソファに知己と章。その向かいの椅子に、俊也、敦、一番知己から遠い位置に将之が座った。 (名付けて、DKの壁)  座席の位置からいっても、知己にシバかれるのを恐れての位置だと思われた。  知己は(小賢しい)と思いながら 「そんなの、お前の返答次第だろ……」  不愉快そうに答えたが、言い終わらぬ前に、 「文明国家において、至極当たり前なことだろう。何を言っているのか分からないな。そんな粗暴な奴は蓮様以外いない」  敦が口を挟んだ。 「何? 敦君。門脇君をディスってんの?」  将之が訊くと 「逆。リスペクトしてんの」  知己が答えた。 「ライオ……じゃなかった、将之さんは蓮様とも知り合いか」  と俊也はなぜか感心していた。 「敦ちゃんは現在進行形で複雑なお年頃だからね」  と言うと、章はくるりと真後ろの大きな窓ガラスに向かい「わー、人がごみのようだー」と嬉しそうに階下を覗き込んだ。  前菜のサラダが運ばれた所で、 「……で、説明してくれるな?」  ホテルおススメドレッシングをかけながら知己が訊いた。 「出不精の先輩が怪しいお出かけするから、気になって尾行し(つけ)ました。以上(オーバー)」  異常にあっさりと、そして奇しくも正しい「オーバー」の使い方で将之は説明した。 「先輩?」  聞きつけた敦に 「こいつ、俺の高校時代の後輩なんだ」  と知己が言った。 「偽名だろうとは思っていたが」  敦が一瞥すると、将之は 「ごめんね。悪気はなかったんだ」  と、にっこり微笑んだ。 「……」  あの敦が口を噤んだ。それどころか 「まあ、名前に意味はないしな」  と将之の行為を庇うような言い方もする。  俊也は、敦が許すのならそれでいいというスタンスだ。多分、深く考えてはいない。 「珍しいね。敦ちゃんが懐くなんて」  章が、俊也の苦手なサラダのミニトマトを引き取りながら言うと、 「だな」  と俊也も頷いていた。 (こいつ。卿子さんばかりか敦までタラシこんだか)  チラリと将之を見ると、ご機嫌にサラダを食べ終わった所だ。 「でも、絶対にそれだけじゃないだろう?」  と知己が追及すると 「それだけですよ。やだなぁ」  あはは……と将之は乾いた笑いを浮かべた。 「だったら、『暴力禁止』と前置きしないと思うんだが?」  ギロリと知己が睨むと 「語るに落ちた」  章が楽しそうに合いの手を入れた。
/778ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加