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「蓮様が来るかどうか分からないって……ラインとかメールとか連絡しないの?」
「ラインもメルアドも知らん」
「何、それ。それでも恋人ぉ?!」
きゃっきゃと笑い出す章は年相応に見える笑顔で、ゆらりと立ち上がり、明日の実験器具を準備する知己の横にストンと腰を落とした。
「貸して。毎度毎度、要領悪くて見てられないよ」
と、またもや章は知己のコンテナを奪い取った。
「ありがとう、吹山」
知己が礼を言うと
「……」
章は眉間に皺を寄せ、無言を決め込んだ。
「……ありがとう、章」
「どーいたしましてっ!」
打って変わって、笑顔で応える。
理科室に通い始めてすぐに自分のことは「章」と呼べと言ってきた。
「なぜだ?」
と聞くと
「みーんな、僕のことを『章』って呼ぶよ。誰も『吹山』なんて言わないから。呼ばれ慣れなくって、なんか気持ち悪い」
「そんなもんか?」
「授業中は仕方ないけど、それ以外では『章』って呼ばないと返事しないからね」
などと言って、有言実行を果たしている。
「いくつずつ準備するの?」
「6班分だ」
「はいはーい。要は6個ずつだね?」
棚の前に知己と一緒に座り込んで、カチャカチャと楽しそうに実験器具を用意する。
「……ったく、章も物好きだな。なんで、こんな所に入りびたってんだか」
なぜか、理科室に須々木俊也も付いてきていた。
「いつ蓮様が来るか、分からないだろ? だから、毎日来なくっちゃ」
「毎日来て、嬉しそうに自分のことをベラベラ喋って……気が知れねえ」
つまらなそうにしている。
理科室の壁にもたれかかって、俊也は何をするわけでもない。じっと知己たちの様子を見ているか、時々会話に入ってくる。章が知己を相手に積極的に話す身の上話を傍らで聞き、
「え? そうなん?」
「知らなかった」
と、あからさまに驚くのは本当に初耳故なのだろう。
あれだけ連れだって教師を特別教室棟から追いやる計画を実行するくらいだ。よほどの仲良しかと思っていたが、そうでもないようだ。
「俊ちゃんは僕の見張りなんだよね」
隣にいる知己に言っているが、おそらく俊也にも聞こえているだろう。
「また僕が勝手なことをしないか、見張っているんだよ」
「?」
章の言っている意味が分からない。
「あれは勝手でもなんでもなく、成り行きだったんだけど、ね」
「?」
「巡り悪いなぁ。あんた、本当に教師?」
最後は知己を罵倒しつつも、あははと笑い出した。
「何が面白いんだか……」
俊也は呆れて言うが、章は笑いながら
「だってこんな巡り悪い人が教師で、しかも蓮様の片思いの相手って、おかしくない? そのくせ、人の内情に変に敏感で……ほんと、笑っちゃう」
と、言った。
最後は自嘲だったのだろうか。笑い過ぎて浮かんだ涙を拭っていた。
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