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「痛たっ……!」
突然、背後で章が叫んだ。
「どうした?」
驚いて知己が振り返ると
「ごめん……先生。僕、急におなかが痛くなっちゃった。保健室に行きたいな」
すまなそうに章が腹を抱えて言う。
「大丈夫か? 章」
突然のことにびっくりする知己の横で
「分かるぞ。体育館は寒い。行きたくないもんな」
敦が頷きながら言うと
「いや、そうじゃなく……」
(将之さんと先生を会わせない作戦だよ)
章が意図を暗に伝えたく、パチパチとウィンクを敦に送った。
「……章」
章のウィンクに過剰に反応した敦が顔を真っ赤にしている。
が、生憎とその横には知己。当然、作戦を伝えるウィンクは知己にも見られ、仮病を装っているのはバレバレだった。
「さっきまで元気に俺の悪口言ったり敦と手をつなぎたいと騒いでたくせに、お前……」
知己が、わなわなと怒りに震える。
敦の発言もあって、「寒いから体育館に行きたくない」というわがままにしか聞こえない。
しかも、それを裏付けるように
「ア。俺モ、頭痛ガ痛ーイっ!」
俊也も仮病を発病した。
「頭痛が痛いって……」
今更、俊也の日本語力を悔いても仕方がないが、この幼稚園生のお遊戯会でもしない棒読み演技に章は呆れた。
俊也は
(分かったぞ! 先生に付き添ってもらって保健室に行けば、体育館に行ったライオさんに会わせずに済む。そういう作戦だな?)
珍しく章の意図を正しく汲み取っての行動だったが、これでは援護でもなんでもない。
ただただ知己の
(卒業式が嫌だからサボりたいんだな?!)
の確信を強めるだけだった。
こうして、完膚なきまでに章の作戦は潰えた。
体育館前に着いた時は9時28分。
在校生も保護者も来賓も席に着き、式の始まりを待っている厳かな雰囲気の中、後方のドアをそっと開けて4人は入った。
体育館の鉄の扉が、どんなにそっと開けてもゴロゴロと重い音を立てる。
その音に、館内の数名が「今頃、誰だ?」と非難の視線をジロリと向けた。
むっとして敦達は睨み返すと、慌てて生徒は視線を戻した。だが、それだけでさすがの敦達も空気を読んでおとなしく席に着いた。
敦達が着席したのを見届けると、知己もほっと一息吐いて職員席に戻った。
(あ……!)
三人は、すぐに気付いた。
整然と椅子が並ぶ来賓席の中でも、最も上座に位置する一番ステージに近いテーブル席。そこに、先ほど見た黒衣の王子が居た。
すぐさま知己の方に目を向けると、知己は複雑そうな表情で座っていた。
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