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「え? なんで『許さん』なんだ?」
二人と知己の会話に参加する気のない敦は、相変わらず日当たりのよい席で聞き流しながら思った。
(どうせこの鈍い教師のことだから、お返しでバレンタインの返事の意味までは分かってないんだろうな……)
マシュマロはその形状からやんわりと「お断りします」、クッキーは「友達」。そしてマカロンは「特別な人」。
(……なんでこいつら、この鈍い男が好きなんだろう?)
ポカポカとした春の陽気に眠くなり、敦はあくびを一つした。
知己は、未だに入口で章と俊也に詰め寄られて足止めされている。
「それは俺が欲しかった菓子だ!」
「僕だって! こうなったら、事務のお姉さんから奪ってやる!」
「賛成! よし、今すぐ行こう!」
「やめろ! 菓子のカツアゲなんかすんな!」
章と俊也が今にも事務室に駆けだしそうになっているので、知己は必死になって止めた。
(また、卿子さんのトラウマになりかねない行為を……)
「じゃあ、お返しちょうだい!」
ぐいぐいとお返しをねだりまくる浅ましい姿には、もはや日本の美徳も美しい風習も何もない。
「くれなきゃ、お姉さんとこ行っちゃうぞ!」
軽く脅しも入ってきた。
何にしろ、卿子を巻き込むわけにもいかないと知己は思った。
「うー……分かった。明日、何か用意しよう」
「弱っ!」
ウトウトしかけた敦が、聞こえてきた会話に思わず突っ込んだ。
「明日は3月15日だから、要らない。僕は今日欲しいんだ」
「ないって言ってるだろ? 一体、俺にどうしろって言うんだ?」
「そりゃあ……用意してなかった先生が悪いよな」
俊也が「俺達は悪くない」と久々に凄んでみせる。
「お返しのお菓子がないのなら、体で……しかないよね?」
章が知己の白衣の襟首を掴んで、見上げながら言う。
「はあ?」
知己が驚くよりも、眠気が吹き飛んだ敦が
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ?!」
突然、美少女顔に似合わぬすさまじい声で聞き返していた。
いまだに将之に染められた脳内は、ピンク色かと思われた。
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