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なぜか章はご機嫌に実験器具の数を確認しながら、
「明日は何の実験?」
と聞いてきた。
「物質の状態変化の実験」
「それはまた、難しそうな……」
コンテナのガスバーナーと実験の関連が分からずに、不思議そうに眺める章に
「簡単に言うと、みりんを使ってのアルコールの抽出だ」
と言ったら
「へえ! 面白そう」
先ほどとは打って変わって笑顔になった。
「面白そうか?」
知己も思わず喜色を浮かべる。
ここの生徒のつまらなさそうな顔は見飽きた。なんとか生徒の興味を引けそうなことをしたいと考えた末のことだったからだ。
「この実験は赤ワインでもできるんだけど……」
と付け加える知己の言葉を遮って、章が
「それはやめた方がいいね。調子に乗って飲んじゃうお馬鹿さんが現れそうだし」
と言う。
それは知己にも簡単に想像できた。
「だから代用品の『みりん』だ」
美しいオレンジ色輝くみりんのペットボトルを章に掲げて見せた。
「あははっ、それなら飲んでも無害だね」
笑顔で応える章が
「楽しそうな授業だけど、分かっているよね? 指名はしちゃダメだよ。楽しくなくなっちゃう」
一オクターブ低い声で言う。
「お、おい!」
俊也が慌てて声をかけたが、かまわずに章は話し続けた。
「あの英語教師は運よく当たりを引いたようだけど、他の教師は分からないでいる。アレやられた教師は逃げ出すか、それでも頑張るヤツは病んじゃうか……だよね。それでみんな厄介ごとを避けて、喋り倒すだけの授業しかしなくなってる」
何を思ったのか、ペラペラと喋り出した章に俊也が
「章! お前、いい加減にしろよ!」
大声を張り上げるが
「何?」
章の方は別段気にも留めていない。
「それ、しゃべり過ぎだろ?! ネタ、バラすんじゃねえよ。お前がバラしたって、俺、言うからな! いいのか?」
俊也は見張りという立場を完遂したいようだ。
「いいも悪いも……何、言ってんの? 俊ちゃん。僕はネタを一切ばらしてないよ。他の教師は喋り倒す授業をしているって言っただけじゃない」
先ほどの態度から声色もトーンも戻って、章は心外だと言わんばかりに目を丸くして言った。
「屁理屈言うなよ。今、『当たりを引いた』って言ったじゃねえか。それってネタバレじゃん」
「え?」
タイミングよく、知己が声を出した。
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