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(あ。そうか……)
知己は、ようやく理解した。
2月に章に振り回されてホテルで昼食をとる羽目になった時には、不意の将之の登場で軽く沸点に達し、将之を問いただすのに頭がいっぱいになっていた。
(道理で。こいつら、あの時、全員初対面だったんだな)
『ライオさん』なんて変な偽名で呼んでいたし、章の様子から言っても将之のことは知らなかったと思っていいだろう。
正直、章に「だったら、あの教育委員会の人は何なの?」と聞かれた時には、どこまで知られているのかと焦ったが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
(卒業式の時も、将之は「聞かれたことだけ答えた」と言ってたしな)
自分から余計なことは一切言っていないと将之も言っていた。
(GJ、俊也)
章が俊也にあれやこれやと丁寧に説明したので、知己にもなんとか状況を把握できた。
(よし! だったら、やっぱり誤魔化し通そう)
「ちょっと、先生。聞いてる?」
章が知己の所までやってくると、教卓の上に広げていた教科書を叩くかのように掌を押し付けた。
「……聞いてる」
章の威圧的な態度に、不快感をあらわに知己が答えた。
「ちゃんと答えてよ。どうなの? カフェに入りたがらなかった理由は、なんなの?」
「別にどうでもいいだろ? カフェじゃなく、唐突に自販機のコーヒーが飲みたくなったからだ」
「嘘つき」
「嘘じゃない」
「章、大人はみんな嘘つきだぞ」
「敦ちゃんは黙ってて」
章が振り返って敦を睨むと、敦は口を噤んだ。
「なーんか痴話げんかっぽくなってきたな……。あんまり、先生を苛めんなよ」
俊也が呆れたように言う。
「なんか僕が悪者っぽくなっているのが気に入らないけど。正直に話したら手荒なことはしないから、さっさと喋っちゃって」
「一体、お前は何をする気だ?」
「今日は蓮様来ないんでしょ? だったら、後日蓮様に殴られるの覚悟で、先生の亀頭撫でちゃうゾ! もちろんナマで」
「ぎゃーーーーー!!」
知己ではなく、敦が叫んでいた。
「それ、不純同性交遊でお前、処分に遭っちゃうじゃねーか!」
俊也が慌てたが
「僕は悪くない。喋らない先生が悪い」
章は平然としたものだ。
「居場所は『教育委員会』って分かっているからね。写真撮って、将之さんにも見せちゃうぞ」
(……それは、まずい。非常にまずい。絶対にまずい)
できるだけリアクションするまいと思ってても、知己の眉がぴくついたかもしれない。
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