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「先生のうなじ、いい匂い。香水? なんか付けてる?」
すーすーはあはあと耳元で俊也の呼吸音が聞こえ、知己が青ざめた。
「気持ち悪いことするな! それ、ただのシャンプーの匂いだろ?」
「……でも、背中もいい匂いがするよ」
スーツのジャケットとベストを脱いだワイシャツの背に俊也は顔を押し付ける。
「多分、柔軟剤の匂い。それかボディソープだろ」
「……ぅん……」
背後に密着されたままうっとりと返事されて、ぞわぞわと背筋に悪寒が走った。
「俊也、離れろー!」
叫ぶが、当然俊也は離れない。
身長は伸び盛りの俊也がやや高いが、ほぼ同じくらい。
それが災いし、耳元ではあはあと熱い息を吐きかけられた。それと、気のせいだろうか。何やら硬くなったモノが当たっている気がする。
「……意外にも、ここにもう一人変質者が居た」
はあはあする俊也を見て、章がうんざりしていた。
「まあ、いいや。僕は僕で楽しむから」
「章、言い方!」
「はい、先生はそのまま、そのまま……」
章はバランスを崩して折り畳まれないよう用心しつつ、上靴を脱ぐと、先ほどまで知己が座っていたパイプ椅子の座面に上がった。
またもや嫌な予感がして
「俊也、離れろーっ!」
と叫んだが無駄だった。
「えい、やっ!」
章はかけ声と共に、上げられた腕の中に飛び乗った。
「できた、お姫様抱っこ!」
喜んで、俊也にはあはあされて真っ青になっている知己の首に腕を絡める。
こうして知己は、悲しくも男子高校生にサンドイッチ状態にされた。
だけど、それは一瞬のこと。
「う、わあぁぁぁー!」
叫び声と共に、章を支えられずに、バランスを崩して前方・敦の寝ているベッドに雪崩れ込んでしまった。
「いってぇ! 一体、何ごとだ!?」
不意に足元が重くなって、敦は飛び起きた。
「ぎゃー! お前ら、一体何をしている!?」
敦の足元付近に乗っているのは、倒れても尚、知己の首に腕を回して離さない章。
それを下から掬うように抱える知己は、章の腹部辺りに顔を埋めている。
そして何より怪しいのが、知己の背後にべったりと張り付く俊也。うっとりとして呼吸はやたらと荒く、知己でなくとも(きしょい)と思わせた。
「あー、ごめんね。とうとう、敦ちゃんを起こしちゃった」
足元にいる章が、全然悪びれてなさそうな謝ると
「……これまでの人生で一番最悪な起こされ方だ……」
と敦が感想を漏らした。
―入学式の来賓は・了―
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