おまけ・入学式の来賓が

1/7
前へ
/778ページ
次へ

おまけ・入学式の来賓が

「中位さん、中位さん、中位さぁーん!」  教育委員会に戻るなり、前田が将之のデスクまで一直線に駆け込んだ。 「ここは老舗旅館か?」  と通路側のデスクの後藤が嫌味を言ったが、ダッシュの前田には聞こえていなかった。  通路奥に位置する将之のデスクにたどり着くなり、バンと両手を付いた。 「もう、ヤバイ! 入学式、ヤバイ! オネショタ尊い! 百合カプ尊い! 仰げば尊死! 尊み秀吉ぃー!」  鼻息荒く前田は、まくし立てた。 (やばいのは、前田君の言語だと思う)  朝は職場で会えずじまいだったが、無事に八旗高校入学式に行けたのだなと将之は思った。 「……後藤、訳してくれる?」  多方面から情報を仕入れている将之でも、前田の言葉は難解だったようだ。 「興奮しきった前田の言語は、バウリンガル(犬の言語翻訳アプリ)でも無理ですね」  携帯弄りながら後藤が答えたら 「何よ、後藤! あんたの所為で私、朝風呂できなかったんだから、ね! おかげでラノさんに接近するの戸惑って、結局チャンス逃しちゃったんだから!」  振り向きざまに前田が罵った。 「……僕、何かしたっけ?」  後藤は首を捻るが、当然、前田の言いがかり。分かるはずもない。 (よく分からないけど、後藤、GJ!)  密かに将之は褒めた。 (でも、何かいいもの見たっていうのは分かる)  興奮しきった前田の態度で、これは八旗高校でひラノ関係で何かあったなと 「前田君、落ち着いて。とりま、『(アテクシ)キャラ』を忘れているよ。深呼吸して。そして、何があったか分かるように意訳して教えて」  と将之が言った。  前田千寿。  見た目地味女(じみじょ)だが、その実、かなりミーハーな性格だった。  たまたま受けた採用試験で教育委員会に配属され、『教育委員会っていったらお堅いイメージだよね』と思い、それからキリっと(アテクシ)キャラを演じるのに必死になっていた。  元々真面目な性格で仕事もできた。  ひた隠しにした本性は、誰にも見抜けなかった。  そうして(アテクシ)キャラもすっかり板に付いた2年目の秋。昼休みに「癒し」と眺めていたラノさん写真を見られ、すっかり将之と意気投合(と前田は思っている)。とうとう被った猫を忘れて、職場で本性を曝け出して、ラノ愛を語ってしまった。  ……そして、今に至る。
/778ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加