俊也の学習の成果 1

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「……ということで、腹が立っています」  クローゼットにスーツを片付け、部屋着に着替えた将之が言った。 「急いでいたんだ。タンカなんて待てないし、誰かに頼むよりも自分で運ぶ方が早い。仕方ないだろう?」 「力自慢の俊也君に担がせたらいいじゃないですか」 「俊也は委員長だから、席は前の方だったんだ」 「じゃあ章君」 「あいつの細腕で敦が担げるもんか。章は俺より小さいんだぞ」 「全く。ああ言えば、こう言う」  ぷうっと将之がむくれ、捨てセリフのように呟く。 「お前がな」  知己も負けていられない。  言葉のジャブの応酬だ。 「僕だって、されたことないのに……」  要は、それが本音なのだろう。 「無茶を言うな」  将之は身長182㎝。  とても担げそうにない。  だが、将之は 「ちょっと先輩。両手をこんな感じで前に出してもらっていいですか?」  尚も押してきた。  知己は既視感あるポーズの要求に眩暈を覚え 「お前……お姫様抱っこを試そうと思っているだろ?」  保健室の二の舞は避けたいと思った。 「なんで分かったんですか?」  見え見えの魂胆だ。 「言っとくけど無理だぞ」 「やってみないことには分からないでしょ?」 「だから、やってみたんだよ。その上で言ってんだ。理数系教師に腕力を求めんな。そういうのは体育会系か門脇に頼め」 「なんで、門脇君に?! これはお姫様抱っこされたいとかじゃなく、相手が先輩じゃないとダメだって意味なんですよ」  そう言った後、やや時差あって 「……ん? 今、なんて……? 『やってみた』?! ……誰に?!」  将之が驚いていた。  あまりの意外な発言に、理解が追いつかなかったのだろう。 (……しまった。これは失言か?)  将之に負けまいと必死で言い返していたうちに、どうやら、うっかり余計なことを口走ってしまったらしい。 「……えーっと」  正直に「章」と答えていいものか、悩む。  言ったら、ますます将之が怒り出しかねない。 「なんで言葉に詰まるんです? 怪しいですね」 「怪しくない」 「十分、怪しいですよ。先輩が敦君以外をお姫様抱っこするなんて変です。怪しくないのなら、正直に包み隠さず言ってください」 「……将之まで根掘り葉掘り聞くんだな」 「将之までって……? 他にも聞かれたような言い方ですね」 「間接的にだけどな」  校長が言ってた、将之の部下と思われる教育委員会の女性のことを思い出していた。
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