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「……ということで、腹が立っています」
クローゼットにスーツを片付け、部屋着に着替えた将之が言った。
「急いでいたんだ。タンカなんて待てないし、誰かに頼むよりも自分で運ぶ方が早い。仕方ないだろう?」
「力自慢の俊也君に担がせたらいいじゃないですか」
「俊也は委員長だから、席は前の方だったんだ」
「じゃあ章君」
「あいつの細腕で敦が担げるもんか。章は俺より小さいんだぞ」
「全く。ああ言えば、こう言う」
ぷうっと将之がむくれ、捨てセリフのように呟く。
「お前がな」
知己も負けていられない。
言葉のジャブの応酬だ。
「僕だって、されたことないのに……」
要は、それが本音なのだろう。
「無茶を言うな」
将之は身長182㎝。
とても担げそうにない。
だが、将之は
「ちょっと先輩。両手をこんな感じで前に出してもらっていいですか?」
尚も押してきた。
知己は既視感あるポーズの要求に眩暈を覚え
「お前……お姫様抱っこを試そうと思っているだろ?」
保健室の二の舞は避けたいと思った。
「なんで分かったんですか?」
見え見えの魂胆だ。
「言っとくけど無理だぞ」
「やってみないことには分からないでしょ?」
「だから、やってみたんだよ。その上で言ってんだ。理数系教師に腕力を求めんな。そういうのは体育会系か門脇に頼め」
「なんで、門脇君に?! これはお姫様抱っこされたいとかじゃなく、相手が先輩じゃないとダメだって意味なんですよ」
そう言った後、やや時差あって
「……ん? 今、なんて……? 『やってみた』?! ……誰に?!」
将之が驚いていた。
あまりの意外な発言に、理解が追いつかなかったのだろう。
(……しまった。これは失言か?)
将之に負けまいと必死で言い返していたうちに、どうやら、うっかり余計なことを口走ってしまったらしい。
「……えーっと」
正直に「章」と答えていいものか、悩む。
言ったら、ますます将之が怒り出しかねない。
「なんで言葉に詰まるんです? 怪しいですね」
「怪しくない」
「十分、怪しいですよ。先輩が敦君以外をお姫様抱っこするなんて変です。怪しくないのなら、正直に包み隠さず言ってください」
「……将之まで根掘り葉掘り聞くんだな」
「将之までって……? 他にも聞かれたような言い方ですね」
「間接的にだけどな」
校長が言ってた、将之の部下と思われる教育委員会の女性のことを思い出していた。
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