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「相変わらず、あの性悪男は器用なんですね」
知己の弁当を覗き込みながら、クロードが言った。知己の弁当は、将之の手作り弁当だった。
性悪男=将之。
(ここで「うん」なんて言ってみろ。俺は須々木俊也の二の舞だ)
かろうじて軽率な返事をしないで踏みとどまっていると、クロードが知己の弁当にひょいと箸をのばした。
「くっ……、この卵焼き、絶品。出汁が効いてます」
「勝手に食うな」
金髪青目の見た目からは想像できないほど、父が日本人のクロードは箸使いが見事だ。
「私の食べてもいいですよ」
クロードはコンビニで買ったおにぎり弁当を差し出す。
「唐揚げ、取るぞ」
卵焼き1個と唐揚げ1個、レートにかなり差がある。
「いいですよ。その代わり、そのアスパラ巻きもください」
「いいだろう」
商談成立。
「そういや、知己。この間『みりん』使った授業したんですって?」
「誰から聞いた?」
「生徒。まだ名前は覚えられなくて。でも、あのバッチは2年生でした」
「そうか」
みりんからアルコールを気体として抽出。後に、冷やして液体とする物質の状態変化の授業を行った。
「手に塗ったらスーっとしたと、喜んでいました」
抽出したアルコールを「注射の前のアルコール消毒と同じだから、アルコールにまける心配のないヤツは触ってもいいぞ」と言ったら、生徒たちが面白がって腕や手の甲に塗っていた。
「そっか。喜んでいたか」
「くっ、このアスパラ巻きもdelicious……」
貰っておきながらなぜか悔しそうにするクロードとは逆に、知己は嬉しそうだ。
その笑顔を見ながらクロードは
「方向性は間違ってないと思うんですが、ねー……」
と小さく呟いた。
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