入学式の翌日は 1

1/4
前へ
/778ページ
次へ

入学式の翌日は 1

 入学式の翌日、章が一人、理科室にやってきていた。 「……」 「なんで身構えているの?」  俊也もいない。  章と正真正銘の二人きりの理科室なんで、初めてかもしれない。  知己は異常な緊張感に包まれた。 「ったく、失礼しちゃうな。僕ら、デートまでした仲なのに」  ぷぅっと章が文句を言った後に 「あー、分かった! 逆にデートまでした仲だから意識しちゃうんだよね? 照れくさいんだよね? 分かるよ、分かるー」  ちっとも分かっていないポジティブ発言が続いた。 (ある種の一人ノリツッコミだな……)  教卓から知己が眺めていると、章がいつもの日当たりのいい指定席に向かって歩き出した。 「今日は僕と二人っきりだよ。嬉しい?」 (どちらかと言えば嬉しくないけど、な)  将之は三人の名前を覚える以前は、俊也は「つり目君」敦は「メガネ君」だったが、章のことは「おしゃべり君」と称していた。それほどまでによく喋る章を今日は止める者が居ない。 (ゆゆしき事態だ……)  と思ったのは一瞬のこと (いや。……そう言えば、誰も章をとめられていなかったな)  とも思い出した。  よく考えたら、敦も俊也も章の話に乗るか、違っても章に言いくるめられていた気がする。  章は、日当たり良い席の前でピタリと止まった。  少しだけ考えて、章は一つ手前の日の当たらない席に座った。 (そういや、最近、暑くなってきたからな)  章の質問には返事をせずに、知己は教科書に目を落としていた。明日は実験のない日だが、授業は進めなくてはならない。 「仕方ないよね? 敦ちゃんは休んじゃったし、俊ちゃんは来れないし」  章のほぼ独り言のような会話は続く。 「でも、僕は暇だし、先生には会いたいし」 (多分、「俺に会いたい」は、付け足しだな)  と知己は思った。  熱も下がって帰って行ったが、翌日の今日、敦は休んだ。 「敦ちゃんちのことを考えると、休ませるのは当然だよね」 (敦んち……) 「めっちゃ過保護なんだ。敦ちゃん、あんな感じでしょ?」 (どんな感じだ?) 「ちょっと儚げ。ヤマイ()チック」  あくまでも「儚」ではなく「儚」という表現に、章はとどめた。すぐには納得できなかったが、百歩譲って「儚げ」というのは認めようと知己は思った。 「確かに小さい頃はよく熱も出してたけど、小学校高学年くらいから体も丈夫になって、熱も出さなくなったのに、やっぱり何かあるとすぐに休ませちゃうの。もう高校生なのに、ね」 (すっかり隣んちのおばちゃん化しているな、章)
/778ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加