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入学式の翌日は 1
入学式の翌日、章が一人、理科室にやってきていた。
「……」
「なんで身構えているの?」
俊也もいない。
章と正真正銘の二人きりの理科室なんで、初めてかもしれない。
知己は異常な緊張感に包まれた。
「ったく、失礼しちゃうな。僕ら、デートまでした仲なのに」
ぷぅっと章が文句を言った後に
「あー、分かった! 逆にデートまでした仲だから意識しちゃうんだよね? 照れくさいんだよね? 分かるよ、分かるー」
ちっとも分かっていないポジティブ発言が続いた。
(ある種の一人ノリツッコミだな……)
教卓から知己が眺めていると、章がいつもの日当たりのいい指定席に向かって歩き出した。
「今日は僕と二人っきりだよ。嬉しい?」
(どちらかと言えば嬉しくないけど、な)
将之は三人の名前を覚える以前は、俊也は「つり目君」敦は「メガネ君」だったが、章のことは「おしゃべり君」と称していた。それほどまでによく喋る章を今日は止める者が居ない。
(ゆゆしき事態だ……)
と思ったのは一瞬のこと
(いや。……そう言えば、誰も章をとめられていなかったな)
とも思い出した。
よく考えたら、敦も俊也も章の話に乗るか、違っても章に言いくるめられていた気がする。
章は、日当たり良い席の前でピタリと止まった。
少しだけ考えて、章は一つ手前の日の当たらない席に座った。
(そういや、最近、暑くなってきたからな)
章の質問には返事をせずに、知己は教科書に目を落としていた。明日は実験のない日だが、授業は進めなくてはならない。
「仕方ないよね? 敦ちゃんは休んじゃったし、俊ちゃんは来れないし」
章のほぼ独り言のような会話は続く。
「でも、僕は暇だし、先生には会いたいし」
(多分、「俺に会いたい」は、付け足しだな)
と知己は思った。
熱も下がって帰って行ったが、翌日の今日、敦は休んだ。
「敦ちゃんちのことを考えると、休ませるのは当然だよね」
(敦んち……)
「めっちゃ過保護なんだ。敦ちゃん、あんな感じでしょ?」
(どんな感じだ?)
「ちょっと儚げ。ヤマイチック」
あくまでも「儚い」ではなく「儚げ」という表現に、章はとどめた。すぐには納得できなかったが、百歩譲って「儚げ」というのは認めようと知己は思った。
「確かに小さい頃はよく熱も出してたけど、小学校高学年くらいから体も丈夫になって、熱も出さなくなったのに、やっぱり何かあるとすぐに休ませちゃうの。もう高校生なのに、ね」
(すっかり隣んちのおばちゃん化しているな、章)
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