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「言っとくけど、あいつ、『いい人』とは違うからな」
やはりナチュラルに冷遇する知己の言葉に、
「だろうねー」
章がくすっと笑って、意外にもすんなりと同意した。
「僕らに何でも話すってスタンスに見せかけて、その実、あの人、先生の不利になることは絶対に言わなかったよね。いい人そうに見せかけて、全然いい人じゃないってのはすぐに分かったのに、それでも気を許せるのっておかしな話だよね」
(顔か? 雰囲気か?)
いずれにせよ、将之のお得な体質だ。
「でもさー、教育委員会の人が『いい人』じゃなきゃ、教育委員会って一体どんな人たちで構成された組織なんだろうね?」
章でさえ、苦笑になってしまう集団。
知己も頭の中に、将之、後藤、そして謎言語話す前田の顔が次々と浮かび、
(確かに、個性重視の組織だな……)
と密かに思った。
「…………………あ、思い出した!」
章が人差し指をピっと立てて、顔を上げた。
「なんだ?」
結局、章の話に聞き入って、知己は授業の準備が進まずにいる。
「礼さんだ!」
「は?」
(なぜ、礼ちゃんの名前がここで?)
知己が驚いていると、章が
「去年の夏に会った先生の妹の礼さん。あの人に感じがそっくりなんだ」
と言うのだった。
(そういや、こいつら3人共、なんだかんだで礼ちゃんに懐いてたな……)
博物館で礼に会っている。
きっとそれもあって、初対面な筈の将之への警戒心が薄らいでいたのだろう。
(礼ちゃん効果だな……)
それよりも章の記憶力にびっくりだ。
1年前の夏、しかもたった一度だけ会った人物のことをよく覚えていると感心する。
「喋り方や雰囲気がそっくりなんだ。あ、なんだかそう思ったら、顔もすごく似ている気がしてきた」
(そりゃ、正真正銘の兄妹だもんな)
「まあ、それは気のせいか」
(気のせいじゃない……けど、言うとややこしくなりそうだから黙っておこう)
そして、章は知己のいる教卓に頬杖をつき、知己の至近距離でにっこりと笑った。
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