その後の敦 2

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「ねえ、先生」  白衣の袖をツンっと引っ張って呼びかける章に (わっ!?)  と敦は目を見開いた。  袖を引く微妙な距離感に、付き合い始めた感が滲み出ている気がしたからだ。 「ビーカーは分かるけど、じゃがいも? 線香? オキシドール……? 何する気?」  章はメモを読んで、実験の内容が分からないようだ。そして、俊也も 「オキシドールってなんだ? いかにも怪しい言葉だな。人形を使った実験か? ちょっと怖いな」  と言ったが、章と敦から(俊也……、怖いのはお前だよ……)と残念そうな目で見られるだけだった。 「いや、オキシドールっていうのは過酸化水素水のことだ。明日は酸素抽出実験で、化学式を教える授業だ」  知己はできるだけ嚙み砕いて言ったつもりだが、果たして俊也に伝わったかどうか。  明らかにキョトン顔の俊也の横で章が 「オキシドールは酵素ってこと?」 「そう」 「酸素抽出の確認に線香使うんだ?」 「そう」  と話を続けた。  この二人の会話にすっかり俊也が「???」になって、置いてけぼりを食らわされている。  敦には、俊也が居ながらも章と知己の二人だけの世界が出来上がっているようにしか見えなかった。 「相変わらず、家庭(おうち)でできる科学実験なんだねー」 「そうでもしないと、お前ら、話を聞かないだろう」 「まあ、そうだねー」  これまで通りにやっていた授業や実験を行っても、生徒達は興味を示さないので、すっかり知己は「家庭でできる実験」路線変更していた。  このお付き合い始めたカップルの初々しい世界にしか見えない敦には (こいつら……! 人前でイチャイチャと……!)  ますます苛立ちを募らせていた。 「お線香の香りって、僕は好きだな。なんか癒されるんだよね。ねー、敦ちゃんは? ……敦ちゃん? 敦ちゃんってば?」  理科室に来ても依然として口を開かないし、どこか上の空の敦に、もしかしてまた具合が悪くなったのではと章が心配そうに顔を覗き込んだ。 「……お前が」  やっと口をきいた。敦の具合は悪くなさそうだが、すこぶる機嫌が悪そうだ。 「僕が?」  復唱して、聞き返す。 「お前が暴走するから……だろ」  俊也の言葉を借りて、敦が答えた。 「僕が暴走?」  今度は章が不思議そうに首を傾げて敦を見た。 「俊ちゃんも言ってたけど、僕が暴走って何?」 「……しらばっくれて……」  敦は、またぷいっと横を向いた。
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