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家永は
「日本人の悪い所は『とりあえず、様子見』なんだ。それで気付かずに事態を悪化・進行させているケースが多い」
と、よく言っている。科学者としての見解なのだろう。
知己は
「軽率に動かず慎重に物事を熟慮することも大切じゃないか」
と思っていた。いわゆる『とりあえず、様子見』の穏健派だ。
ただ、純粋に章がどんな形で俊也に喋らせるのか、
(もしかしたら生徒指導の役に立つかもな。章のテクを見せてもらおう)
と後学のためにも、見ておきたい気持ちも少なからずあった。
すぅっと章から笑顔が消えた。
腕を組み、仁王立ち。
それまでの和やかだった雰囲気が一変し、厳しい空気に変わった。
章はずいっと前に出て、俊也に圧をかけた。
「……一昨日、敦ちゃんに何を吹き込んだ?」
(……)
あまりにもダイレクト過ぎて、知己の生徒指導の参考にはならなさそうだ。
「一昨日?」
俊也がキョトンとしている。おそらく、本当に思い当たらず「何のことやら?」なのだろう。
だが章は
「ネタは上がってんだ! さっさと喋った方が身のためだぞ!」
バァン! と勢いよく、横にあった知己の居る教卓を叩く。
驚いて知己は、教卓からのけぞるように離れた。
章流の厳しく追及とは、ただの力押しだった。しかも、かなりのゴリッゴリの。
(……章に向かない職業は「刑事」だな)
百万が一なれたとしても、暴力沙汰の取り調べで新聞に載ってすぐに謝罪会見・問題起こして懲戒免職コースだ。
「待てよ、章。何のことだか、俺にも分からん。もっと説明をしろ」
隣の敦も困惑している。
そんな敦が、知己には「チョーさん、そんな強引な」と慌てて止める若手刑事に見えた。
章は、敦にか俊也かには分からないが短く「ちっ」と舌打ちをすると
「いいか? 昨日、敦ちゃんの様子がおかしかった。明らかに何か思うところあって僕を避けている」
敦がビクリと表情を変えた。
それをチラリと横目で確認すると、章は続けた。
「入学式の日は普通だった」
(敦は体調悪さを言えずにゴネゴネにごねて式の参加を拒んでいた……、あれは章に言わせれば普通なのか)
知己は(敦の普通って……)と少し悲しく思った。
「次の日は休んだ。その次の日……昨日から様子がおかしい。
つー、まー、り! 休んだ日のことを、あることないこと火のない所に煙を立てて敦ちゃんに吹き込んだ人物がいる。
それが俊也君、君だ!」
章が俊也を指さした。
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